93.曰く、浮気性なマスターでごめん。


 入れば中は少し薄暗い。


 最上階の階層。一際高い天井が、太陽の光を遮る。

 四つの入り口から光が差し込んで、不思議な線を描いていた。

 四方それぞれ、階段があるのだろう。どこからでも入れる仕様、というやつだ。


 ひんやりとした空気が、肌寒さを感じさせ、シキミは思わずブルリと身震いした。

 吹き上げる風だろうか。オオォ…………と、呻き声のようなものが響いてくれば、霊廟れいびょうと名のつく場所なだけあって恐ろしい。


 四人揃って中央に立てば、複雑な文様の魔法陣が紫色に輝き出す。

 聞けば、この"陣"があるのが迷宮ダンジョンの証らしい。


 陣がなければ迷宮ダンジョン無し。つまり、ここも陣がなければただの遺跡だ。


「では、行きますよ」


 ジークの声とともに、目もくらむような光が放たれて、堪らず目を覆う。

 体が落ちてゆくような気配がして、身をこわばらせ、衝撃を待つ。


 それは、感覚としてはエレベーターの下降に感じる、小さな浮遊感に似ていた。

 覚悟していた衝撃はやって来ず、至って穏やかに浮遊感は消え、シキミはしっかりと地面に足をつけて立っている。

 ぎゅっと握っていたスカートに、シワがついてしまった。


 光は収まり、暗闇の中。

 エレノアの魔法で優しい光が灯されれば、シキミ達は一歩踏み出した。



 崩れかかった人工通路。

 丁寧に切られ成形された石が、煉瓦れんがのように組み合わされ、壁や道を作っている。

 至る所に蜘蛛の巣がかかり、ホコリとカビの臭いが鼻をつく。


 足音は四方を囲む石壁に反響し、耳を打つ。

 やや狭い通路を縦になって進む様子は、よくある冒険映画のワンシーンのようで。壁に触れれば、謎の仕掛けが動き出しかねないと、壁に触るのも躊躇ちゅうちょしてしまう。


「これ、降りていく……んですよね? 階層ってどれくらいまであるんですか?」

「ここ、いくつでしたっけ? 五十?」

「六十八とかじゃなかったか?」


 どっちにしろそんなに長くなかったよな、というテオドールの言葉に、シキミは内心で盛大に首を振る。長くないわけ無いだろ馬鹿か。


 どうやら地表に出ていた階層だけでなく、地下へと階層は広がっているようだ。

 上層に君臨するボスより、下層に居座るボスを討伐するほうが、救いと逃げ道がないと思ってしまう。いや、どっちにしろあまり救いはないのだが。


「石集めるだけなんだからボスまで行かなくていいでしょ?」

「折角だからボスまで行っちまおうぜ? ジーク! なっ!? いいだろ?」

「許可します」

「えっ嘘ぉ、本気ぃ?」


 思っていたよりもあっさりと許可が降り、エレノアの面倒臭そうな視線に晒されながら、テオドールは満面の笑みを浮かべる。


「ボスはともかく、今回は公開フリーですから、狩り尽くさないように」

「あの、それ。公開フリー……と、あともう一つ。聞きそびれてたんですが、それ、なんです?」


 手を挙げ、首を傾げたシキミに、テオドールが淀みなく答える。


「そのまんまの意味。俺達以外も依頼を受けてどうぞ……。つまり、場合によっちゃあ同じ獲物を狙う相手がいることもあるってわけだ」

「もう一つは独占モノポライズね、これだと早い者勝ちだから」


 条件が良かったり、狙う魔物が珍しいと争奪戦になっちゃうのよ、とエレノアが苦笑した。


「……なるほど。じゃあ、例えばですけど……とっても貴重な魔物を対象にしたものだったら、独占を選んだほうがいい……ってことですね?」

「その通り。でも、独占にすると、依頼不履行──つまり、ボスが倒せなかったり、アイテムが手に入らなかったり──と、任務に失敗してしまうと、ペナルティーがあるんです」

「できる範囲で、レアなら独占?」

「花丸を差し上げます」


 ジークの動かす指の軌道に沿って、キラキラとした粒子が、見慣れた模様を描き出した。

 何時ぞやの、平原で見せてもらった光の龍と同じそれ。


 この世界にも花丸あるんだ、と不思議な感覚に襲われると同時に、何に魔力を使ってるんだこの人は、とあきれにも似た気持ちが湧き上がる。



 そのまま、しばらく進めば道幅は広がり、先の見えぬ分岐路が、左右にチラホラと現れ始めた。

 光の届かぬ壁の穴。今にも屍体アンデットの腕が飛び出してきそうで、目に入るたびに背に震えが走る。


 そんなシキミを他所に、ジーク達は慣れた様子で進んでゆく。実際、慣れているのだろう。今更、道を進む程度で騒ぐような彼らではない。


「あ……スケルトン。テオよろしく」

?」

「さん」


 暗闇を透かすように、エレノアの声が響く。

 気負う様子の一切ない、静かな確認の声とともに、テオドールの持つ大剣が炎を纏う。


「嬢ちゃん、骨飛ぶから気をつけな」


 そう言うやいなや、やや狭い通路の中で、大剣がまっすぐ突き出される。

 燃える刀身に照らされて、一瞬その姿を見せた白い骨の魔物三体──は、次の瞬間、宣告どおり


 爆弾でも埋め込んだかのような爆発の仕方に、シキミは素直にドン引きした。

 拡散できなかった爆風に乗ってパラパラと、石ころ程度の大きさになってしまった魔物の残骸が、最後の抵抗とばかりに当たってくる。


 スケルトン系──のみならず、不死アンデット系は、物理攻撃耐性の権化みたいなものだと思っていたのだが。ここまで原型を留めなければ、再生も復活も無かろう。

 なるほど、"浄化の炎(物理)かっこぶつり" という感が凄まじい。


「ひぇ…………木っ端微塵」

『や、野蛮だなぁ……! マスター僕を使いなよ、ほら、聖属性最上級武器だよ? 今使わないでいつ使うの?』

「……い、今は駄目に決まってるでしょ!」


 そんなヒソヒソ声の攻防は、しかし、すぐさま終わりを告げた。


「なんだか今日は数が多いですね。ふふ、良い事です」

屍者ししゃ慟哭どうこく、何階から出たかしら?」

「六階のハズ」

「では、サクサク行きましょう」


 駆け出したジーク達に慌てて、シキミも足を早めながらインベントリを探る。


 聖属性の──狭いから手甲や短剣。魔法はどうせヘボいから駄目だ。


 数秒の逡巡の後、手にしたのは硝子ガラス細工の双剣。

 神器エヴァンズの足元にすら及ばないが、そこそこ上等な聖属性の武器である。


 ひんやりと手に馴染むそれを構え、身体強化系のスキルを行使し、気持ちを戦闘へと切り替えたその瞬間──


『僕、そういうのなんていうか知ってるよ。浮気だ! 浮気だね!? マスター! 僕というものがありながら!』

「……は!?」

『そんななまくら!! 僕のほうが一億倍ぐらい良い仕事するよ?』


 わんわんきゅうん。悄気しょげた犬耳と、尻尾の声音こわねを響かせて。必死に懇願こんがんする声の、なんと鬱陶うっとうしいことか。


「えぇいしばらく黙ってて!」


 脇道から飛び出してきた、古びた骨の魔物を一撃。

 パキン、と軽い物が折れる音がして、視界の端に、命を失った骨の残骸が山となる。

 渾身の力を込めれば、なんだかやれそうな気配がして、思わず口角が持ち上がった。


『う、浮気者ぉ……!』


 まだまだ、黙る気配のない声を振り切るように、は獲物を探す。


 ──ところで、この謎通信はこちらから切ることはできないのでしょうか?


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レベル1からやり直して来い!?プロトタイプ 参星(カラスキボシ) @karasuki-hoshi

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