悪人の恋

第10話「過ち」より


 ハラセは自分が悪人だとは思っていない。ただ、自分は強者だという自覚がある。それは単純な腕力という力でもそうだし、教員としての立場としてもそうだ。馬鹿正直な善人たちは戦場で我先にと死んでいった。力のない弱いものも死んでいった。結局は強いものが勝ち、弱いものは負ける。どんなに凄惨な戦場であっても、生き残った者が正義なのだ。


 前線に出ながら指導教官の仕事をするのは正直面倒だった。弱い癖に、自分のやっていることが絶対に正しいと脆弱な正義感でたてついてくる同僚だったりとか。何かを殺したこともない癖に生意気な口をきいてくる学生たちだったりとか。

 まぁ、学生たちはちょっとわがままを聞いてやってやれば大人しくなった。所詮は子供だ。実力が伴わない劣等生は訓練のうちに死んでいなくなるだろう。


 そして。見つけてしまった。

「丁度良い獲物」を。「遊び甲斐のある玩具」を。


 ヴィエドゴニャは原則として虚勢するようになっている。害獣病の保菌者もそうだが、馬鹿正直に申告する善人ではない。いつだってやってきた。隆起しない柔らかな筋肉、細い腰のライン、中性的な顔立ち。

 ホシ・チルでなければならない理由はなかった。単純に自分より弱く、小さく、そして何よりつけ入る隙があったからだ。気配を殺すのは兵士の基本だ。敵にわざわざ見つかるように動く馬鹿はいない。周囲を確認しながら廃屋に入っていくホシ・チルに、笑みがこぼれた。

 看護師として働いている姉がいることは調べたから知っている。姉と弟、外見も良く似ている。仲の良い姉弟きょうだいだと聞いている。姉を材料にすれば良いかと思っていたが、もっともっと簡単な材料があったとは。渡りに船とはこのことだ。



 命令するのは、いつだって強者自分なのだ。


『誰にだろうと一言でもしゃべった時点で、お前は即豚箱行き』

『ペットは豚の丸焼きにしてやるからな』


 じわりじわりと沁み渡る毒の様に、呪いをかける。お前はもう何処にも行けないんだと。自分ハラセの掌から逃げることは出来ないんだと。

 呪いというものは眼や耳から入っていく。他愛のない笑顔や当たり障りのない言葉、些細な仕草に至るまで。

 そうやって、獲物ホシ・チルを手に入れたのだ。



「オレは本当は、お前を軍にもっていきたかねぇんだよ」


 汗と血液、体液が混じって独特の生臭い香りが立ち込めている。土の上には血だまりが出来ていて、凝固しながら乾いていく。


「お前に「真人間」になってほしかったんだ」


 抱きしめた身体は小さい。全力で抱きしめたら骨が何本か折れるだろう。小さく、脆い、大事なモノ。

 思いだすのは燃える廃屋。頬を焦がす熱とナニカが焼ける匂い。

 自分が執着するのと同じように、ホシ・チルにも自分に執着してほしかった。自分を見てほしかった。あんな化物ケモノじゃなくて、自分人間を。

人間は人間を愛するモノだから。これだけ優遇してやっているんだから、自分に感情を向けてもいいだろう。

 なぁ。


「お前にオレは」

―惚れているんだよ。


こんなこと言えるわけがない。言ったところでホシ・チルは絶対にそれを受け入れようとはしないだろう。何せ最初が最初だ。好い感情を持ってもらう方が無理だ。解っている。

 ……自分とホシ・チルを天秤にかけるとしたら?


 「答え」なんて決まっている。誰だって自分が一番大事だ。自分の身が一番可愛いに決まっている。そして。


―危ねぇ、殺しとこ。


 手に入らないなら、他の誰かのものになるくらいなら。



―殺してしまえばだれのものにもならなくなるだろう?

















 

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コンテスト参加作品 紫乃緒 @Bruxadanoite

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