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ちびまるフォイ

大事なのはサンプルだと遠慮しないこと

「えーー今日からこの教室の担任となりました鈴木です。

 みなさん、よろしくお願いします」


「「「 お願いしまーーす 」」」


その翌日、担任は別の人になった。


「昨日、サンプル担任だった鈴木先生ですが、

 生徒からの評価がよくなかったので体験終了とし、

 これからは私、山田がこのクラスの担任となります」


「「「 お願いしま~~す 」」」


その翌日にまたその担任も変わったという。

教室ではそのことを話題にもされない。


「おはよーー」

「はよーー」


「あれ? 昨日、一緒にいたやつは?」


「ああ、あいつ? 友達やめちゃった」


「そうなんだ。なんかあったの」

「なんとなく」

「そっか」


「お試し友達やってみたんだけど、そりが合わなかった。

 これから友達として学校で長く過ごすなら、友達選びって大事じゃん」


「だな。お試し友達があってよかったじゃん。

 反りが合わないやつと、なあなあで友達になった後の数年の学校は地獄だぜ」


この世界はすべてがサンプルでできている。

あらゆるものがお試しで体験できて、気に入らなければ捨てられる。


「俺と……俺と付き合ってください!!」


「それじゃサンプル恋人から」

「よっしゃーー!!」


恋人も友達もお試しできるし、気に入らなければ捨てられる。

選択を迫る前にかならずワンクッション挟むことができる。


「フッ……今日も良いサンプル日和だぜ」


どんよりとした曇り空を眩しそうに見上げるイケメン。それが俺。

人からは「サンプル王子」などと呼ばれている。

人というのは俺のことだ。


「さて、今日もサンプりに行くかな」


まずは行きつけのファミレスにやってきた。

メニューを開く必要もない。指パッチンで店員を呼ぶ。


「メニューに載っているもの、すべてサンプルをください」


「すべて、ですか?」

「ええ、すべて」


しばらくするとテーブルには一口サイズのいくつもの料理が並ぶ。

サイズが小さいことを除けば、言うことなしの満漢全席。


「いっただきまーーす!!」


サンプルを食べ終わるとすっかり満足して店を出る。

お試しだからお金も取られないし、それを咎められることもない。


サンプル王子はいつもサンプルだけで生活のすべてをこなしている高貴な仕事。


「腹も膨れたし、ちょっと遊びに行くかな」


ゲームセンターに行くとお金を使わずに「お尻の鉄人」をプレイする。

流れてくる譜面に合わせて、お尻をぶっ叩く音ゲー。


ゲームセンターでも1プレイはサンプルで無料。

以降のチャレンジはお金が発生するようになっている。


それでも選択するのは最高難易度の「熱ケツ」。


「お、おい見ろよあいつ!!」

「コインも入れずフルコンボだ!!」

「あのケツ叩き、ただもんじゃねぇ!!」


近くの人が俺の神プレイに見とれて脚を止める。


「伊達にサンプル生活してねぇなんだよ!!」


『やった! フルコンボだぷー!』


ゲームをクリアすると、わっと歓声が巻き起こった。

サンプル生活を乞食だのと悪く言う人間もいるが、実際はどうだ。


俺のように高貴なる生活をし、周りからも評価されているじゃないか。

辞書でリア充とひけばいい。俺の名前がそこにある。


その日は、カプセルホテルのお試し3時間をはしごして眠りについた。


目が覚めると、その日も高貴なるサンプル生活のため

あえて高級料理店に足を踏み入れる。


ドレスコード対策にスーツ試着済みだ。抜かりはない。


「サンプルをください」


高級料理店ほど気恥ずかしさで試食注文する人は少ない。

しかし俺はあくまでもサンプル街道を突き進む。

俺が作った道で後世の人が通りやすくなるために。


「あの、お客様……」


「なんですか? それより、サンプルはまだですか?

 試食だからそこまで調理に時間がかかるわけでもないでしょう」


「お呼び出しがありまして」


「呼び出し? 誰から?」



「警察だ」



ずいとテーブルの前にいかつい制服の男が現れた。


「貴様、サンプル乱用の罪で逮捕する」


「な、なんだって!?」


「なんでもかんでもお試しでつまむだけなんて許されない。

 そんなお前はお試し逮捕されて、お試し死刑するのもいいだろう」


「お試し死刑だなんて!! 死んだら終わりじゃないですか!」

「お試しだから半殺しだ」

「どっちにしてもいやだ!!」


慌てて警察を振り切り店を出る。

タクシーを止めるとすぐに走らせる。


「追われているんです! 急いで!!」


「わ、わかりました!」


「サンプルで行ける場所まで飛ばしてください!!」


それを言った瞬間にタクシーは急ブレーキ。


「ちょっと! なにやってるんですか! 車出して!」


「お客さん、うちはサンプルは乗車までなんですよ。

 車を動かしたら、コレ、払ってもらわなきゃね」


運転手は人差し指と親指でハートの形を作った。


「くそ! ケチくさいサンプルだ!!」


自転車をお試しでレンタルして必死に飛ばす。

しかし警察はこれでもかとサイレンを鳴らしながらパトカーで追いかける。


『自転車お試し終了です』


「もう! 短いよ!!」


自転車を乗り捨て近くにあった事務所へとかけこんだ。


「悪い人に追われているんです! 助けてください!!」


「おどれ、極道に助けてってどういうことじゃいコラァ!!」

「我らカクヨム会をなめてんのか、おお!?」

「奥歯に穴突っ込んで、ケツの穴がたがた言わせたろか!?」


「ひえええ! タイミング悪いなぁもう!!」


よりによってヤクザの事務所だった。

壁には「人侠(にんきょう)」と書かれた子犬のポスターが飾られている。


「そ、そうだ! 俺、ここにサンプル入会します!

 それなら俺ら家族でしょう!?」


「おうとも。サンプルとはいえ、わしらは家族じゃ。

 家族のピンチを救うのは当然じゃ」


「じゃあ、俺を追いかけているポリ公をのしちゃってください!」


「仁義なき戦いってのを国家の犬に見せつけちゃる!!」


俺の号令で兄弟たちは一斉に日本刀で警官に切りかかった。

しかし、近づいた瞬間に弾かれて吹っ飛んでしまう。


「うそ……!?」


「日本の警官を舐めるなよ。こんなこともあろうかと、

 お試し異能力ですべての攻撃を無効化するようにしたのさ」


「あわわわわ……!」


俺もお試し異能力で試そうとしたが、申し込むためのスマホを撃ち抜かれた。

画面には大きな弾痕が刻み込まれる。


「もう無駄な抵抗のお試しは終わりだ。おとなしくお縄につけ」


「ど、どうしてそんなに追いかけるんですか!

 俺はただサンプルをあさっているだけで、誰にも迷惑かけていない!」


「迷惑かけていないだと? それは貴様が気づいていないだけだ」


「えっ……」


「試食だってただじゃない。材料がかかるんだ。

 ゲームだって維持費もかかる。その費用はどこから出てると思う?」


「それは……」


「なんでもかんでも自分の都合でサンプルで済まそうなんて、

 それは努力した人へのねぎらいがないんだよ!」


「すみません……」


「自分の両親はお試し結婚で、お試しで離婚し、お試しで自分を捨ててみた。

 サンプルは挑戦する敷居を下げる代わりに責任能力を失わせる。

 自分はそれが我慢ならないんだ!!」


「……」


「貴様を逮捕することが本題ではない。

 本当の目的は、犯人の更生だ。それこそが警察だと思ってる」


「警察さん……! 俺、目が覚めました!

 これからはサンプルばかりに頼らず、ちゃんと還元していきます!!」


「その意気だ。更生を期待している。もうサンプル使うなよ」

「はい!!」


すると、警察官の腕時計からアラームが鳴った。




「あ、もう警察お試し期間終わりか。意外と短いなぁ」

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