終末後の世界を、ロボと少女は旅をする

十壽 魅

その幼き少女は、最後の人類




――アメリカ合衆国 ニューヨーク タイムズスクエア




 『世界の交差点』の異名を持つ、タイムズスクエア。


 多くの人が行き交い、夜のネオン街は目を見張るものがある。多くの看板がライトアップされ、未来都市を彷彿とさせる。



 しかし、もはやそれは過去のもの。今やかつての華々しさはない――タイムズスクエアは無人の廃墟なのだ。舗装されていたアスファルトはボロボロになり、看板は剥がれ、窓は割れている。とにかくありとあらゆるところに、人の手が届いていないのだ。



 道端には、放置された車輌やバリケードが連なり、錆と機械油、そして劣化したガソリンの臭いが微かに漂っている。



 なぜここまで寂れてしまったのか? それはすでに、人という生物は存在していないからだ。彼女、、を除いては……。



 かつての栄華が残る無人都市。そこを一輌の装輪装甲車が踏み入る。



 M1126 ストライカーICV


 すでに退役していた前世紀の兵器であるが、SLEP――つまり現場復帰のための延命プランの実行Service Life Extension Programと、電子機器の大幅な改修により、再び最前線へと返り咲いた車輌である。



 その装甲車の視察窓から、顔を覗かせる少女。彼女は変わり果てた光景を目の当たりにし、寂しそうな声で呟く。全人類を代表して、、、、、、、、

 



「ここがタイムズスクエア? ボロボロ……誰もいない……」



 その独り言は、少女の首元のインカムを通じ、同伴者に筒抜けだった。



「ミス・ソシエ。貴女は大戦前のタイムズスクエアをご存知で?」


「ミスは余計よ」


「これは大変失礼なことを。ミセス・ソシエ」


「私まだ結婚してない!」


「でも余計と――」


「名前の前にミスを付けないでっていう意味で、余計って言ったの! ミス・ソシエ ミス・ソシエって何度も何度も嫌なの! ほんとロボットなんて大きらい!!」


「大変失礼しました。どうか、機嫌を直してください」



「……」



 ソシエは罪悪感に苛まれる。


 普段はこんなことに苛立つほど、心の狭い幼女ではない。難病に倒れ、コールドスリープの決断をした時も、感情を表に出さなかった。父と母を心配させまいと、気丈に振る舞い、常に笑顔を絶やさなかった程だ。


 むしろ周囲の大人たちに気を使い、『未来に行けるなんて夢見たい!』『きっと未来は素敵なところよ!』と、本心を隠し、心にもないセリフを並べ立て、笑顔を繕う。彼女はそんな子だった。




 そして永き眠りにつく際、ソシエはこう祈った『神様、わたしの居ない間、どうか父と母をお護りください』――と。





 しかし、その誓いは大きく裏切られる。


 神は父と母どころか、世界を護ることすら放棄したのだ。




 子供にはあまりに酷な現実だった。




 目を覚ませば、きっと老けた両親に会うことになるだろう。それは覚悟していた。



 しかし現実は、両親どころか、世界そのものが崩壊していた。挙げ句の果てには、機械頭のサイボーグとのご対面である。覚醒したのは、清潔感に満ちた医療施設ではない。暗い地下倉庫のような空間で、永き眠りから目覚めたのだ。



 幼き少女はまだ、現実を受け入れらない。心の整理が追いつかず、原始的な怒りの感情で平静を維持している。そうでもしなければ、彼女の心は現実に押し潰されていただろう。



「わたし……最低だ。人に八つ当たりするなんて……」


 

 同伴者はソシエの感情を汲み取り、なんとか心を洗い流して欲しいと考える。


 彼女が無聊なのは、この現実そのものに救いがないからだ。それから目を逸らさせることが必要である。現実逃避は悪ではない。むしろこういった場合、ソシエの心を救う有効な手段だ。



 同伴者であり、ソシエの護衛を行っているヴァイパー。彼は通信機越しに、こんな質問を提示する。



「ソシエ。歌は好きですか?」


「え? 好き……だけど」


「それはよかった! 私も歌が大好きです。駐屯地ではこの美声で、多くの仲間を鼓舞したものです。ノイズと称する者もいましたが」


「は、はぁ……」


「では一緒に歌いましょう! きっと元気が出るはずです。さぁ、いきますよぉ!」



 ソシエは『自分で美声って言うんだ』と呆れつつ、歌の相槌を打つ準備をする。そもそも彼が、どんな歌を唄おうとしているのかすら分からない。とにかくどんな歌詞なのかを、耳を済まし、集中して聞こうとした。



 そして、彼の宣言に恥じない美声が、無線 越しに響く。人でない者が発しているとは思えない、自然な男性の声――しかし歌のチョイスに少々問題があった。



「あの……ヴァイパーさん。この歌って……」


「はい! アメリカ合衆国の国歌です! 元気出ました?」


「歌ってもらって文句言いたくないけど。出ないよ! ぜんぜん出ないよ!!」


「ど、どうしてですか?! 国歌ですよ! Semper Fi! 」


「『常に忠誠をSemper fidelis』って……うちのパパじゃあるまいし……。あのねぇ、国が崩壊したのに……国歌なんて楽しく歌えないよ。 外の光景を見てみなよ。 瓦礫とゴミの山。 もう人なんてどこにもいない。 国なんてもうないんだよ?」



 しかしヴァイパーは、真剣な口調でソシエの言葉を否定する。


 否定と言っても、頭ごなしに否定するのではない。柔らかな口調で、もう一つの可能性を示唆するのだ。



「ソシエ、まだこの国にはあなたがいる。そして合衆国が造り上げた我々――機械神兵団フォース・パラディンが健在です。必ずこの国は再編します。旅の始めに、私はあなたに言いましたよね? 『この旅は絶望への旅路ではない。希望への旅路である』だから――」




 その時だった。ストライカー内に警告音が響く。




 ソシエは何事かと、遠隔操作機銃R W S用のディスプレイを見た。その液晶モニターには、間違いなくベビーカーを押す婦人の姿が移っていた。





「人よ! まだ生きている人がいたんだ!!」




 ソシエは喜びに満ちた声で、生還者との邂逅を喜ぶ。あまりの嬉しさから、その眼には涙を浮かべている。カメラによって映し出された映像には、汚れた服装ではあるが、笑顔で乳母車を押す女性の姿が確かに移っていた。


 女性は道路端を歩いていたが、装甲車の存在に気づいたのだろう。ベビーカーを止め、赤ん坊を抱き上げ、駆け寄ってくる。



 ソシエの瞳には、きっと赤ん坊のために助けを求める、母親の姿に見えた。



 駆け寄ってくる母親に、ストライカーは歓迎の言葉を投げかける。銃弾という、無慈悲で、残酷な言葉を――。




 ドウッ! ド!ド!ド!ド!ド!ド!ド!ド!ド!ド!ド!ド!ド!ド!




 まずは単発で牽制しつつ、弾道誤差を確認。誤差修正の必要なしと判断され、そのままフルオートで攻撃が開始された。


 銃弾は母親の足元に着弾し、跳弾した弾丸が膝下を貫く。布にくるまれた赤ん坊が宙を舞い、アスファルトの上を数回バウンドする。



 まさかの出来事に、ソシエは悲鳴混じりに叫んだ。




「やめてぇ! いったいなにをしてるの?!」



 ソシエは遠隔操作機銃R W Sのキーパットを叩き、攻撃をやめさせようとする。しかしそれはヴァイパーによって装甲車の外から遠隔操作されているものだった。


「ヴァイパーさんやめて! 死んじゃうよ! みんな死んじゃうよ!!」



「ソシエ、よく見なさい。あれは人ではありません。赤い血を流す人間は、あなたを除いて、他にはいないのですから……」



 銃撃が止み、舞い上がった土煙が風に流される。穴だらけになったアスファルトの中心に、あの女性が横たわっていた。血だらけで、もはや絶命したものにしか見えない。


 ソシエはその凄惨な光景に、ディスプレイから目を離す。しかし映像越しに、なにか動いたように、感じ、もう一度、画面に視線を向ける。女性が体を起こし、立ち上がろうとしていたのだ。



「よかった! 生きて――――…… えッ?!!」




 ソシエは絶句し、息を呑んだ。それもそのはずだ。女性は千切れた足を、不慣れな手つきで繋げたのだ、、、、、



 ソシエはまさかの事態に、口をパクつかせ、我が眼を疑う。



 そんな彼女の心情を察してだろう。今一度この世界の成り立ちを知ってもらうべく、ヴァイパーが無線機で説明する。アレ、、の正体を……



「作戦前に話した通りです。あれこそが、この地上から人間を駆逐し、文明を崩壊させた元凶です。人の血に寄生し、肉を侵食して脳や筋肉、臓器と同化。そうして自らのコロニーを増やす、空気感染型寄生生物。


 あれがどこから来たのか、あらゆることが一切不明。


 ただ一つ確かなのは、奴らは動物には寄生せず、人間にしか寄生しないこと。そして寄生した宿主の記憶になぞり、生前の行動を真似て遊ぶこと。――そして奴らことが、我々アメリカ合衆国の……いえ、人類の敵なのです」



 まるでヴァイパーの無線を聞いていたかのように、件の女性が敵意をむき出しにする。


 女性に擬態していた寄生体は、二足歩行ではなく、四足で装甲車に向かって走り出したのだ。ストライカーの遠隔操作機銃R W Sが迎撃に出るが、あまりの高速に追随できず、弾が避けられてしまう。そして装甲車まで三メートルの距離まで差し掛かった時、光の一閃が寄生体の首元をなぞった。




 シュキィイイィイ―――――――ン!




 水滴が水面に落ちるように、清涼感すら感じさせる金属。その音が止むと同時に、寄生体の首が道路に転がり、赤い体液が飛び散った。





 それを行使した人物が現れる。


 装甲車前の空間が人の形に歪み、色合いが変わっていく――ステルス光学迷彩だ。


 光学迷彩を解いた人物。彼こそ、ソシエの現・保護者 兼 ボディガード――合衆国暫定政府、機械神兵団所属 コードネーム:ヴァイパーである。彼はソシエの乗る装甲車を守るため、光学迷彩で身を隠し、先行偵察を行っていたのだ。



 ヴァイパーは日本刀に酷似した、メカニカルな剣を振るう。血糊がアスファルトにピシャリと落ちる。その剣先は、殺傷兵器とは思えない白眉な円を描き、背負っていた鞘へ収まった。



再帰性反射ステルスモード オフ。補給するあてはあれど、少々バッテリーを使いすぎましたね」


「ヴァイパーさん。あの……わ、わたし――」


「謝る必要なんてありません。あなたには、赤ん坊を抱えた母親に見えたのでしょう? 制止を促すには十分な動機であり、正しい判断でした。その優しさは今後の合衆国――いえ、人類再建に欠かせない規範、基礎となります。その優しさは、絶対に棄ててはなりませんよ」 



 ヴァイパーはそう言いながら、腰に下げていた焼夷グレネード手にする。そしてストライカーに視線を向け、ソシエに注視するよう告げた。



「見なさいソシエ。あれが寄生体の正体だ」



 遠隔操作機銃R W Sのカメラがズームし、倒れた女性を映し出す。それは女性ではなく、マネキン人形だった。ヒビ割れたマネキン人形の奥には、人の神経群、筋肉組織――もしくは粘菌のような、歪な肉塊が蠢いている。



 マネキンの首から寄生体の触手が伸びる。まるで血管のような細長い触手は、無くなった頭部を探す。その頭部からも同じ触手が生え、体に戻ろうとしていた。



 頭部の口が動き、支離滅裂な言葉を並べ立てる。その言語に一貫性はなく、ただ摂り込んだ人間の言語中枢から、ランダムに言葉を引き出し、積み上げているのだ。




 幼い赤子が、アルファベットの積み木で遊ぶかのように……




 ヴァイパーは焼夷グレネードを投げ、寄生体を焼却する。寄生体は燃える外殻を捨て、生き延びるため道路へ這い出る――しかし外殻という体の支えがなければ、ただの肉の塊に過ぎない。機銃の弾丸を避ける俊敏さは鳴りを潜め、鈍重な動きで這い、もがき苦しむ。 




 ヴァイパーは十字を切りつつ、ストライカーのサイドラックからライフルを取り出す。



「ソシエ。これからの旅で、このような凄惨なものを見るかもしれません。そう……どんなに辛く、神すらも呪いたくなるような現実に苛まれても。先の、人を想う心と優しさは、手放してはならない。それを失えば、彼らのように人でなくなってしまう」


「ヴァイパーさん。本当に人類は……蘇るの?」


「ブリーフィングで話した通りです。空気感染によって、寄生体に汚染されるまえの血液は、もはやこの世に存在しないと考えられていた。ワクチンの開発も研究も、夢のまた夢。人類再建が座礁しかかったその時、コールドスリープで保管されていたソシエが発見された。あなたの汚染される前の血液は、間違いなく人類再建の希望です」


「あの……こんなこと訊くのも嫌なんだけど。えっと……実験用のモルモットにされないよね?」



「大丈夫、安心して。そんなことはさせないし、我々機械神兵団は、貴女を守るために存在する、いわば現代に蘇った騎士なのです。どんな事があろうとも、この身に変えてでも、貴女をお護りいたします――」



 ヴァイパーがそう進言した途端、近くの建物から爆音が炸裂する。ビルの一階部分から粉塵が巻き起こり、その土煙の中からなにかが飛び出したのだ。



――その正体は、戦車だ。


 M3軽戦車スチュアート。その後をM4A3E8シャーマン・イージーエイトが姿を現す。それらは現用兵器ではない。西暦1940年代 第二次世界大戦で活躍した、クラシカルな老兵たち。寄生体の苗床になる以前は、スミソニアン博物館で展示され、平和な余生を過ごしていたはずの退役兵だ。



 戦車の中で、操縦者である寄生体が蠢く。宿主である寄生体が、体内で砲弾に似た硬質繊維を生成。その疑似砲弾を、腐敗ガスを火薬代わりに発射する。



 まるで本物の戦車のように、砲身から高速飛翔体が射出された。



 しかし砲弾は意外な場所に着弾する。ヴァイパーとストライカーの間を素通りし、アスファルトを砕いて跳弾――ビル4階へと着弾したのだ。



 ヴァイパーは即座にライフルを構える。八咫烏と言う奇妙な名の武器商人から調達した、過剰なまでの護衛武器ディフィートウェポンだ。



 XM109-CH ペイロード・ハイパワー


 対物ライフルのフラグシップモデル、M82の末裔だ。使用口径を25x59Bmm NATO弾に変更し、銃身を切り詰めたXM109。タイプCHはその逆に、切り詰めたバレルを伸ばし、初速を向上させたカスタムモデルである。


 25x59Bmm NATO弾は対空、対車輌、焼夷機能付加など、その場の状況に応じて対応可能な、オールラウンダーだ。


 ヴァイパーは、XM109-CHの実力を持って証明する。多機能大口径ライフルの真価を――。





―――――ドウッ!!!!!





 腹の芯まで響く重低音。



 放たれた凶暴たる鏃は、先頭のM3軽戦車スチュアートに喰らいつく。比較的装甲の薄い部位を貫通し、内部の駆動器官、、をズタズタに引き裂いた。鮮血が飛び散り、戦車のキューボラが勢いよく開く。



――断末魔。いや、奇声と言うべきだろうか。



 人でない、異形なる者の慟哭が響き渡った。内部の腐敗ガス生成器官に火がついたのだろう。凄まじい爆発と共に、砲塔が天高く吹き飛んだ。



 まさかの返り討ちに、戦車たちは動揺している。そもそも彼らが待ち伏せしていた、ビル一階――その玄関前を、撃破されたM3スチュアート軽戦車が塞いでしまった。


 戦車はM3スチュアートの躯を押し、ビル一階から出ようとする。間の抜けたことに、彼らは待ち伏せしていた場所に、閉じ込められてしまったのだ。



 ヴァイパーはこの隙に、ソシエを安全な場所へ逃がす算段を立てる。




「ソシエ! この危険エリアから離脱させます! シートベルトを!!」


「は、はい! ヴァイパーさんは?」


「私は、ここで時間稼ぎをします!」


「だめ! あなたも一緒に!」


「私の身を案じてくださり、恐悦至極。安心して下さい。この身はすべて、あなたのために……常に忠誠をSemper fidelis!」




 それが別れの挨拶となった。



 ストライカー装輪装甲車は、機銃下にあるスモークチャージャーを作動。煙幕を展開させ、戦車の眼をくらます。その隙に、ストライカーのホイールが高速で逆回転する。バックで後進し、急ブレーキをかけつつドリフト。車輌は綺麗な半円を描き、前方を退路方向へと定める。そしてアクセル全開で加速―― 戦線を離脱する。



 ヴァイパーは戦いながら、無線で注意事項を告げた。


『仲間のいる補給ポイントまで、このまま強行突破します! かなり乱暴なドライブになるので、舌を入念に格納して下さい!』



 戦闘中で余裕がないのだろう。ヴァイパーの言葉使いが、途中から機械染みたものになる。



 装甲車は狭い路地に入る。金属製のダンプスターを弾き飛ばしつつも、それに怯むことなく、さらに加速した。


 ストライカーは裏路地を抜け、大通りに入る。装甲車後部を振りつつドリフト。そして再度、加速を掛けようとした――その時である!!





 ガァン!! キィイイイィイィイィイィ――――ッ!!!!




 衝撃と金属の擦れる音が、装甲車の内部に響き渡った。



「きゃあああああああああ!!!」



 これにはソシエも、たまらず悲鳴を上げてしまう。装甲車がハンドルを誤り、ビルに激突したと思ったのだ。




――しかし現実は違った。装輪装甲車は、戦車の側面に激突した、、、、、、、、、、のだ。




 その戦車はスミソニアン博物館で保管されていた、快速戦車こと、L3/35カルロ・ヴェローチェだった。



  1台や2台ではない。少なくとも6台の車輌が装輪装甲車を取り囲み、後方から機銃を乱射している。



 ストライカーは並走しているカルロ・ヴェローチェに向け、攻撃を行おうとする。しかし遠隔操作機銃R W Sが旋回したものの、攻撃ができない。なぜか? それは下への俯角が足りず、ストライカーの影に隠れてしまって、撃てないのだ。




 カルロ・ヴェローチェは軽戦車よりもさらに軽量化された、豆タンクに分類される戦闘車輌である。装甲車と比べれば文字通り、豆のように小粒な車輌だ。そのあまりの小型さ故に、肉薄されると射線確保が難しいほど小型なのだ。




 そしてカルロ・ヴェローチェ本来の速度を越える、110km/hという韋駄天っぷりだ。その小型の体と俊敏さで、ストライカーを翻弄。まるでヌーを追い立てるハイエナのように、後方・及び横から攻撃を行う。



――しかも敵は、カルロ・ヴェローチェだけではない。



 ビルとビルの隙間を、不気味な影が横切る。その影はストライカーに狙いを定め、二つの黒き憎悪を落とした――。



  AN-M64  32 500 ポンドを誇る、凶悪な対地爆弾が投下されたのだ。



 しかしストライカーを遠隔操縦するヴァイパーは、いち早くその驚異に気づいていた。再びドリフトで急旋回し、進路を強引に変更する。その進路はビジネスビルの一階だ。カルロ・ヴェローチェはその急旋回に追いつけず、中には横転する戦車もいた。不幸にも そんな彼らの上に、ストライカー目掛けて投下されたはずのAN-M64 が着弾する。



――間一髪だった。あと数秒判断が遅れていれば、餌食になったのはストライカーだった。



 爆炎が大通りに咲き乱れる。ストライカーは間一髪でビルへ逃げ込んだため、被害を免れることに成功した。装輪車輌特有のハイブリッドエンジン音が鳴り響く。そして急速バックで、再び大通りへと出る。先程まで意気揚々と追撃していたカルロ・ヴェローチェ――その死骸を踏み潰し、跳ね除け、逃走を再開した。



『ソシエ! 無事ですね!』



「ヴァイパーさん、私はなんとか大丈夫です! い、今のはいったい……」



『爆弾が投下されたのです。敵は航空機を投入したようです。あの戦車の群れは囮。敵の狙いはソシエと私を切り離すのが算段だったようですね』



「じゃあ、戦車は?」


『すでに駆逐済みです。今そちらに向かいますので、どうか御安心を』



 ソシエは恐怖で震えていた。機銃の猛攻に晒され、仕舞には、数メートル先に爆弾を投下されたのだ。本当なら泣き叫びながら『早く助けて!』と懇願したい衝動に駆られる。



 しかし、奮闘しているヴァイパーを傷つけたくなかった。



 ただでさえ、彼は機械の人なのに、生身である自分に対し、ここまで親身に接してくれている。それは不器用かもしれないが、彼なりに、心を和らげようと必死になっているのだ。現にどんなに悪態をついても、彼は優しく受け止め、先程のように歌まで唄って慰めようとしてくれる。



 そんな彼を、もうこれ以上傷つけてはならない…… 例えそれが、人でなくても。



 だからこそソシエは嘘をつく。自分の本心を悟られないように。そして彼を勇気づけ、武運を祈る言葉を――。




「ヴァイパーさん、私……全然へっちゃらだよ。こんなの、パパとママがいないのに比べれば、ぜんぜん怖くないもの! だからね……あのね――、 死なないで。無事に戻って来てね」




 ヴァイパーは瞬時に理解する。それがソシエの強がりであることを。現に彼女の言葉とは裏腹に、その声は震え、なにかにしがみつこうとするような声色だった。



 機械であるヴァイパーとて、彼女がどれだけの想いで、その言葉を発したのか。それは痛いほど理解できた。だからこそ彼は、全身全霊で任務に身を投じる。――ソシエを狙う敵勢力の迎撃 及び、殲滅。それを行使する処刑人となったのだ。



 この空域は合衆国の手から離れ、今や敵の掌握下にある。サプライズドロップどころか、支援攻撃すらも期待できない――だからこそ彼は単身で、対空戦闘というこの無謀な作戦をやり遂げなければならなかった。大規模な軍隊を動かせない、超少人数による極秘輸送任務故の弊害であろう。




 だが合衆国暫定政府は、彼にこの任務と世界の命運を授けた。



 彼ならば、この無謀とも言える任務を、必ずや成し遂げられると判断したのだ。




 ヴァイパーは政府の期待に応えるべく、そして人類最後の希望――ソシエを死守すべく、戦場を駆け抜ける。


 脚部の人工筋肉をフルに使い、文字通り人外な脚力で翔ぶ。そしてビルの角沿いに着地すると、足の裏に磁力とファンデルワールス力を並列形成した吸着機能を展開。重力を無視し、彼はビルの壁を駆け昇る。





 哨戒中の一機が、壁を走るヴァイパーに気付く。無理もない、彼の足元には稲妻を纏っていたのだ。さながらその姿は、雷神であり、目立つことこの上ない。




 その雷神に牙を剥く敵機――寄生体に侵食されたP-47Dサンダーボルト。



 皮肉にも、寄生体の苗床となったレシプロ機もまた、雷を冠する機体だった。




 先手はP-47Dからだ。8門の12.7mm重機関銃が吠え、ビルの壁面を粉々に破壊する。並のレシプロ機なら一撃ですら致命傷になり兼ねない破壊力。それに相応しい砂埃が舞い上がる。



 その煙の中からアンカーが飛び出す。それはビルの上へ登る際、クライミング用の牽引装置だ。それがP-47Dに着弾し、電子音と共にガッチリ吸着する。そしてそのアンカーを高速で巻取り、なんとヴァイパーはP-47Dに乗り込んだのだ。




 ヴァイパーはP-47Dの翼に足を付け、さらに胴体側面に手を付いて体を安定させる。そして手と足底の吸着機能を作動させ、投げ出されないよう自身をP-47Dに固定した。



「ここなら見晴らしが良いですね。絶好の狙撃ポイントだ」





 そこからは、ヴァイパーの独擅場だった。



 ヴァイパーは背中に下げていた XM109-CH ペイロード・ハイパワーを構え、ストライカーに群がる敵機を片っ端から撃ち落としていく。


 その間にも、ヴァイパーに取り付かれたP-47Dは、振り落とそうと無茶な軌道で飛行する。しかしヴァイパーどこ吹く風で、ペイロード・ハイパワーで狙撃を行い続けた。



 すべての敵機を撃ち落とし、残るはヴァイパーが取り付いているP-47Dだけになった。


 ヴァイパーは、狙撃ポイントを提供してくれたP-47Dに礼を告げ、離脱した。



「大変お世話になりました。これは、ほんのお気持ちです。約束があるので、これにて失礼します――」



 P-47Dの胴体部横には、時限作動式の手榴弾が吸着していた。



 轟音と共に、最後の一機が撃墜される。



 ストライカーに乗るソシエは、戦況がどうなったのか分からず、ただ困惑していた。



「ヴァイパーさん! ヴァイパーさん無事なの?! 飛行機の音が止んだけど。これって……」



 するとストライカー装甲車の横に、瓦礫の束が降って来る。


 もくもくと立ち上る土煙。その瓦礫の上に、ズッコケたヴァイパーがいた。彼はアンカーを使って減速を試みたが、強度計算を誤り、着地に失敗したのだ。



 ヴァイパーは「あーびっくりした」と体についたホコリを払い、瓦礫から降りた。



「いやはや。劇画本を真似て、俗に言うヒーロー着地をしようと思ったのですが……なんとも情けない結果になってしまいましたね。大人気ないことをしました」



 ヴァイパーは無線でソシエの様子を確認しようとする。すると無線越しに、ソシエの泣く声が響く。その声に、ヴァイパーは焦燥感に駆られた。彼女が怪我を負ったと思ったのだ。



「ソシエ! 大丈夫ですか! ソシエ!」


「うん。大丈夫だよ。平気――」


「なら、どうして泣いているのですか?」




 そう尋ねられたソシエは、満面の笑みで、泣きながら答える。


 保護者であり、自分を守ってくれた聖騎士の生還。――それを喜び、またこうして逢えたことに安堵しながら、彼女は言葉に乗せて紡ぐ。



 精一杯の感謝を込めて。





「それはね……嬉しいから! すっごくすっごく嬉しいからだよ!!」






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