04 雪をすくう温かい手

 それから遠藤くんと遊ぶ機会が多くなった。まあ遊ぶといっても、ちょっと大学の帰りにお茶したり、だけど。

 彼といるとすごくリラックスできるんだよね。だから失恋のショックも落ち着いてきて、他の友達とも普通に遊べるようになった。

 また前みたいにいろいろ相談とか持ち掛けられるようにもなってきて、「ゆきねぇ」としても復活してきた。


 これも遠藤くんのおかげ。恋のパワーってすごい。


 でも遠藤くんはきっと、ふられたばっかの哀れな女に同情して付き合ってくれているだけだろうな。だって、さり気なく「好きな子とかいたら、ちゃんとわたしの誘い断ってや?」って聞いても、「ゆきねぇが復活するまではお付き合いするよ」なんて言われたし。


 好きな人、いるのかな? いくらなんでもそれだったらわたしの誘いは断るよね。こんな、カップルが生まれるチャンスな時期に、誤解されたくないだろうし。

 まあいいや。とにかく今は、ちょっとでもたくさん会って、楽しい時間をすごすんだ。


 ということで今日も、大学の帰りに遠藤くんとお茶する約束になっている。大学から繁華街までわりと近いので、ちょっと疲れた体もすぐにいすに落ち着けることができた。


 取り留めのない話をしながら、窓の外を見るとすっかりクリスマスムード。さすが十二月半ばだけはある。ツリー、イルミネーション、ディスプレイの中もガラスにスプレーで描かれたイラストも、すべてがいやみなくらいにクリスマスだ。あと十日もすれば繁華街どころかそこらへんカップルだらけだねきっと。


 ちょっと、さみしいな。今のところ、遠藤くんとそんな雰囲気になれそうにないし。


「あ、もうそろそろ出たほうがいいよね」


 時計を見て、遠藤くんが気を遣って言ってくれているから、うなずいた。


 本当は、もうちょっと一緒にいたいんだけど。


 ……はっ。だめだめ。贅沢言っちゃ。こうして会えてるだけでも幸せなんだよね。

 心の中でひそかに自分に言い聞かせながら、繁華街を抜けて駅へと向かう。


 住宅街のそばを歩いているときに、遠藤くんがぼそっとつぶやく。


「それにしてもさ……、やっぱり十二月も半ばになると、どこもクリスマスムードやね」

「え? あ、うん、そうやね」


 答えながら、なんかおかしくなった。普通そういうせりふはもっとそれらしく飾り付けてある場所で言うものじゃない? 一応、クリスマス用に電飾とか飾っている家もあるけど、全体的には結構殺風景だよここ。


 でも笑っちゃ悪いのでごまかすために付け足した。


「クリスマスかぁ。今年はつまんない日になりそうだよ」


 ま、でも、卒論とかで忙しいからいいか、と言いかけたが、その前に遠藤くんの信じられない一言が聞こえてきた。


「じゃ、二十四日は、二人で遊びに行かへん?」


 え? 今、なんて? 二人でって、それって、デート? イブに?


 でも待って、二十四日って言ったよね。お互い独り身だし、わたしはふられたばっかりだからって、同情票?


 などと頭の中で考えながらも、口では即刻OK出してるわたしがいた。


 どうして? どういうつもりで? その一言が聞けなかった。

 変に意識されるのがいやだった。そう問い返して、改めて考えられて、やっぱりやめるといわれるのがいやだった。会わないくらいなら、友達感覚でもいいから一緒にいたい。

 わたし、遠藤くんが、すごく好きなんだ。




 クリスマスイブ当日まで、まあそれはいろいろと考えた。考えれば考えるほどに好きなんだと自覚しては舞い上がり、でもきっと遠藤くんはわたしのことを友達以上には思っていないだろうと考えては切なくなって。


 でも、これからだよね。なんたって、気づいたばっかりだもん。いい具合に仲良くやってるから、これからもっと距離を縮めていけばいいじゃない。


 イブの朝、外に出ると、夜中に雪が降ったらしくて日陰にはまだ小さな雪の塊が残っている。ホワイトクリスマスと呼ぶには頼りない量だけど、カップルはこれだけでも結構喜んじゃうものなんだよね。あぁ、仲間入りしたいよ。


 さて、フレアのワンピースとコート、化粧もちょっとして、いつもよりはおめかし状態で出かけた。デート、と呼べるかどうかもなぞだけど、とりあえず京都の三条で映画を見ることになっている。


 遠藤くんは長袖シャツとジーンズ、ハーフコートという、いつもと変わらない格好。まぁそりゃそうだよね。デートっていうより、休日の暇つぶしなんだろうから。


 映画はアクションもので、カップルが好んで見に行くようなものじゃない。こういうところも、やっぱり友達としてしか見られてないなぁ。さびしい。


 でも十分に楽しめた。笑いあり、ハラハラドキドキのストーリーとアクションにすっかり引き込まれて、映画の後のお茶の席で、遠藤くんと大いに盛り上がることができた。


 うん、今はやっぱり楽しけりゃいいや。そのうち、ゆっくりと距離つめちゃうぞ。


 喫茶店を出て、どこに行こうかという話になった。


「とりあえず、人多いし、河原歩こうか」


 遠藤くんが言う。確かに、大通りの歩道はいつもよりたくさんの人でごったがえしている。そろそろ夕暮れも近づいているとあって、カップルや友人グループなどが浮かれた様子でゆっくりと足を進めている。


 鴨川の河原は整備されてきたと言っても、結構歩きにくい地面だ。昨夜雪が降ったしぬかるんだり滑りやすかったりするところがあるかもしれない。本当ならあんまり歩きたくないけど、人ごみが苦手なわたしはうなずいて返した。


 では早速とばかりに河原へと向かう。

 河原へ降りて、地面がすっかり乾いていることにほっとしたが次の瞬間、そうだった、と思い出す。ここって、カップルの巣窟なんだよね。なぜか計ったわけでもないのに等間隔で男女が腰を下ろしている。川に向かって座って、楽しそうに話をしていたり、人目をはばからずいちゃいちゃしていたり。


「あー。なんていうか。いつも以上に多いね」


 茶化して言う。てっきり、遠藤くんも笑って返してくれるものだと思ってた。


 なのに、急に歩くのがゆっくりになったかと思うと、真剣な顔になった。


 え? なに? やっぱり後悔した? 恋人でもないのに、二人で遊びに出るんじゃなかったとか。やっぱりこれから二人で会うのはやめようとか、そんなふうに思ってる?

 不安におののくわたしの顔をじっと見て、遠藤くんは、小さな声で、言った。


「ゆきねぇ……。おれら、ちゃんと付き合わない?」

「え。はい」


 と即答で返事してから彼の言葉がじわりと胸に染み入ってくる。

 はい? ……これは夢? それとも都合のいい聞き違い?

 でもそんな否定的な考えは、彼の笑顔が吹き飛ばした。


「あー、よかった……」

「えぇ? こっちこそ、ありがとう。うれしいよ」

「ほんと? いや、とにかく、よかった。あぁ。めっちゃ緊張したっ」


 そこまで喜んでもらえてとってもうれしいし照れる。

 五十メートルくらいそんなやりとりを繰り返して、今度はどうして好きになったのかとか、いつぐらいに意識したのかとか、お互いに暴露大会。


 なんだ、遠藤くんも、二人で会い始めたころから気になってたんだ。ぜんぜん気づかなかった。彼もわたしの気持ちの変化に気づかなかったって、お互い鈍いよね。


「そうだ、あのね、いまさらやけど、わたしがふられたすぐ後、サークルであいつのこと殴ったやろ? うれしかった、本当は。お礼言いたかったんだ。……ありがとう」

「あ、聞いてた?」


 遠藤くんが照れている。


「うん。本当にうれしかったよ。わたしのことでそこまで怒ってくれて。考えてみたら、それがあったから遠藤くんのこと意識したんだし……。でも、今日の約束のこと『二十四日』って言ったから、てっきりその気がないんかって思って気長に構えてたんよ」

「それは……。実は、あの約束を言い出すのだってすごく緊張してて、クリスマスイブなんて恥ずかしくてよぅ言われへんかった」


 照れ笑いする遠藤くん。ますます表情が崩れている。あぁ、こんな顔してくれるんだ。うれしい。


 ふと、遠藤くんが足を止める。彼の視線の先は、日陰になっていて、すこしだけ雪が残っている。河原の端っこで、でも存在を主張するように、白く輝いていた。


「雪。まだ残ってた」


 遠藤くんはそう言うと、近寄っていって雪をそっとすくった。少ししか残っていなかった雪は、彼の手の中でゆっくりと溶けていく。完全になくなって、ただの水滴になったところで、顔を上げると遠藤くんもわたしを見ていた。


「ゆきねぇ。……こんなとき、なんて言うんやろ。えっと、これから、よろしく。……小雪」


 照れた様子の遠藤くん。最後にわたしの名前を呼ぶ声は小さかったけど、彼の気持ちは十分に伝わってきた。

 だから、彼の手をぎゅっと握って、うなずいた。


「うん。幾久しく、ね」


 彼の名前の由来になぞらえて、でも重くならないように冗談めかして笑うと、彼もうれしそうに笑った。

 彼の手は、雪をすくった後なのに、温かかった。


 温かい、優しい手。


 河原の隅にあった雪みたいに、気づいてもらいたいと思ってた、わたしをすくってくれてありがとう。


 もしも本格的に雪が降ったら、二人で雪だるま作りたいな。



(了)

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雪をすくう温かい手 御剣ひかる @miturugihikaru

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