03 これが正直な本音
居酒屋の前に着くと、中から相変わらず陽気な騒ぎ声が聞こえてくる。まあ本来それが当たり前なわけで。
遠藤くんはわたしを見るとにこっと笑った。いつもみんなと遊んでいるときとおんなじ顔だ。とりあえず安心した。
中に入って、席に通される。偶然にも前と同じところ。なんだか複雑。違う席がよかった。いや、どうせなら違う店がよかったけどそれは考えないでおこう。
「ごめん急に呼び出して」
あの時とは逆で、遠藤くんから声がかかる。
「いいよ、どうせヒマやったし。で? どうしたん? 今度は遠藤くんの愚痴大会?」
彼がいつもの様子なので、わたしも調子を合わせてにぃっと笑ってやると、遠藤くんは笑いながら首を振った。
「ゆきねぇ、誕生日もうすぐやから、はい、これプレゼント」
……へっ?
予想外の展開に固まってしまった。
「あ、あぁぁ? ありがとうー」
思考回路が復活したので、お礼を言って受け取った。どれくらい沈黙していたんだろう。遠藤くんがちょっと怪訝な顔をしてる。
「あはは。誕生日なんか忘れてたわ」
茶化して言うと、遠藤くんは「あっ」というような顔をした。
ひょっとして、ヤツのことを思い出させてしまったとでも思ってるのかもしれない。
うん。確かにそうだけど、なんていうか、未練じゃなくてむかっ腹というか。遠藤くんじゃなくて、本当にわたしが一発殴っておけばよかったって思ってる。
あ、そういや、この前のお礼……。でもこの話の流れでいきなりその話もないか。
「なんだろ? 開けていい?」
とにかく今は暗い雰囲気にもっていきたくなかったし、実際、中身に興味があったから聞いてみた。遠藤くんがうなずいたのを見て、包みを開けてみた。
……ゲームソフト。前から興味のあったやつ。
うれしい。うれしいけど、女性への誕生日プレゼントとしては、どうよ? まあしかし所詮は友達だしね。ちょっとは期待したんだけど。
期待? 期待ってなにを。だから、友達だよわたし達は。
などと瞬間的にぐるぐると考えるわたしは、結構失礼なやつだと我ながら思ってしまった。
「ほしかったヤツや。ありがとう遠藤くん」
ということで、最初に感じた喜びを素直に表現してみた。
「あ、よかった、あってた」
遠藤くんが、にこっと笑う。わたしが、ちらっとだけ好きだといっていたソフトのこと、一生懸命思い出してくれたんだね。改めて、彼の優しさを見た。
「覚えていてくれてうれしいよ。誕生日も、ゲームのことも」
「ゆきねぇの誕生日って、ぞろ目だから覚えやすいやん」
照れたように遠藤くんが言う。その表情に、どきっとした。
何をときめいてんだ。やっぱり人の優しさに耐性低くなってるな、わたし。
「そうやね。月も日も覚えやすいよね。わたしの名前ね、誕生日がちょうど
「へぇへぇへぇ」
机を掌でたたく遠藤くん。
「ふるっ」
二人して笑った。
弱さからくる錯覚を恋だなんて思いたくない。とにかく今は自分を立て直さないと。いつもの自分を取り戻すんだ。
「小雪って名前、かわいい響きだよね」
って、いきなり決心くじくようなこと言われたよっ。
「名前はかわいい響きでも東郷小雪ってアンバランスだと思うよ。苗字の力強さがわたしのシンボルだよね。……まあ名前まで力強かったらそれこそ女捨てないとアカンけど」
えへへ、と笑うと遠藤くんも笑った。
「またゆきねぇはそんなふうに言う。ゆきねぇだって、女の子らしいって」
「ありがと」
ちょっと、なに? 期待するようなこと次々言われちゃってるよ。
「遠藤くんは? 久史だよね」
「うん。『幾久しく』って意味をこめたって」
「いつまでもっていう意味?」
「そうそう。人にいつまでも一緒にいたいって思われるような人になってほしいんだって」
「じゃあ、遠藤くんにぴったりやん。友達多いし」
「そうかな?」
うん。こうやって取り留めのない話して、楽しくしているのが今のわたしにとって、一番の活力だ。
ありがとう遠藤くん。この恩は、いつかなんかの形で返さないとね。
楽しい時はあっという間に過ぎて、そろそろ家に帰らないといけない時間になった。
「それじゃ、遠藤くん、プレゼントありがとう」
「ううん。気に入ってもらえてよかったよ」
「楽しかった。また会ってくれる?」
すらすらっと出た言葉に、はっとなった。
そうか、これ、やっぱりわたしの本音なんだ。遠藤くんと、もっと親しくなりたい。
自覚して、顔がほてってきた。
「うん。また遊ぼう」
そんなわたしの心の変化はきっと伝わってないね。遠藤くんは軽くうなずいた。
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