02 理不尽を糾弾する手
ヤツにふられてからちょうど一週間後が次のサークルの活動日だ。
この一週間、正直言って空元気だけでやり過ごしてきたって感じで、まだ全然心の整理はついていないんだよね。
でもフラれたから来ないんだ、なんて思われるのも悔しいから、行くことにした。
ヤツは普通に話し掛けてきたりで、何を考えているんだか判らない。全然わたしには未練がないってこと? ちょっとは気まずく思わないのかな。
わたしとヤツが別れたかもって気づいた人もいで、コッソリと聞いてきた。平気なふりして「理由はあっちに聞いてよ」って話ふってやった。
ちょっとは困れよって思ってたけど、ヤツはあっさり「なんとなくぅ」とやり過ごしている。
なんとなくで別れられたんか、わたしは。
むかっ腹がたったから、トイレに立った。
顔をぺちぺちと叩いて、気合の入れなおし。油断したらついついヤツを目で追ってしまう。もちろんやり直したいけど、今そんなそぶりを見せちゃダメだってことは、過去の失恋で経験済み。
元々化粧っ気はそれほどないんだけど、泣かないためにと今日はちょっとがんばってメイクしてきた。友達に言ったらきっと化粧の目的が違うとツッコミが飛んでくるんだろうな。何せここは大阪の大学。ツッコミならまかせとき、って子は、そこらへんにゴロゴロしてるし。
その、ツッコミどころ満載の気合メイクをちょっと直して、みんなのところに戻ろうと思った。
「で、なんでゆきねぇと別れたん?」
廊下で、遠藤くんの声がする。思わずまたトイレにひっこんで聞き耳を立ててしまうわたしは悪い女だな。
「実はさぁ、ちょっと前に新しいカノジョできてなぁ。ゆきねぇは嫌いやないけど、乗り換えたってとこぉ?」
ヤツが笑いを混ぜて答えてる。
好きなコ、いるんや。
そっか……。
「ゆきねぇも十分女の子してると思うけどな」
遠藤くんがフォローしてくれてる。ありがと。やっぱり優しい。
「えぇ? ヒサ、ゆきねぇのこと好き? 今フリーやし狙ってみたら? ふられたのにむっちゃサバサバしてる人やから手ごわいと思うけど。まぁがんばれや」
なんやねん、それ。ちょっとかなりムカっと来た。思わず足が前に出る
でもここで飛び出すのも気まずいかなと踏みとどまる。盗み聞きはもっと気まずいんだけど……。
「はぁ? ……おまえさ、あの人のどこ見て付き合ってたん?」
気を取り直したかのような遠藤くんの問いかけ。
「どこ、って。あっちから告って来たわけやし、嫌いじゃなかったから。あ、見てたトコいうたら、そりゃあんなトコやこんなトコォ? あいつ性格とか女っぽくないくせに体はええ感じやしぃ?」
うわぁ最悪や!
「サイテーやな、おまえ」
遠藤くんの声が、また怒っている。まるでわたしの心を代弁するみたいに。
「あ、ムキになって、やっぱり好きなんやなぁ」
ヤツは相変わらずへらへらと笑ってるみたい。
もう、我慢限界!
飛び出そうとしたとき、鈍い音がして、また足を止めた。
「いってぇ! なんや殴ることないやろっ!」
ヤツが怒鳴る。遠藤くん、あいつを殴ったんだ。
……なんか、不謹慎だけど、うれしい。
「人の気持ち踏みにじっといて平気な顔しているおまえが悪いんや」
そのやり取りを最後に、遠藤くんが離れていく。あとには、そこらを蹴りまくって怒りを発散しているヤツがいた。
こんなアホ好きだったんだわたし。
がっかりだよ。いろいろと。
サークルの部屋に戻ったけど、とてもじゃないけど今日はこれ以上遊ぶ気になれない。友達には「気分が悪くなったから帰る」とだけ伝えて、荷物をまとめて部屋を出た。
それからしばらく、いらいらしたり、落ち込んだり、精神的に落ち着かなかった。卒業論文やレポートの作成に忙しいという理由でサークルにも顔を出さないで、このままフェードアウトかなぁ、なんて思っていた。
遠藤くんとヤツとのやり取りはサークルの中でうわさになったらしい。女友達がこっそり教えてくれた。なのでますます出づらくなってしまった。サークルのみんなは遠藤くんの言い分が正しいって言ってくれているみたいで、ヤツも参加しなくなってきているみたいだ。
日ごろの鬱憤の発散場所だと思っていたサークルの人間関係で、こんなことになったのは悲しいけれど、しょうがないよね。
遠藤くんと会って、あのときのことのお礼を言いたい。そんなふうに怒ってくれて、うれしかったって。でもやっぱり、今は無理っぽい。
心が荒れてるのに友達とか巻き込みたくないから、休日も一人で過ごしてたんだけど。
メールが着信した。
遠藤くんだった。「今日ヒマなら会いませんか?」って。
どうしよう。ヒマだけど……。でも何の用だろう?
たっぷり五分くらい悩んでから、返信。
「ヒマだよ。どこで会う?」
すぐにメールが返ってきた。この前の居酒屋に行こうというお誘いだった。
会えるんだ。……なんだかほっとしている自分に気づいて、首を振った。
気にしているけど、これは恋じゃない。だってわたし、まだあいつとのこと、引きずってる。そんな時に優しくしてくれたから、ちょっと甘えているだけ。
とにかく行かなきゃ。身支度して家を出た。
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