雪をすくう温かい手

御剣ひかる

01 木枯らしの中で

『あんたたち、何騒いでんの?』

『あ! ゆきねぇ、聞いてよ、こいつったらね』

『聞いてほしいのはこっちだってーの』

『はいはい聞く聞く。まずは落ち着こ?』


 こんな調子で男女問わず友達の相談に乗ることが多いのを、ちょっと自慢に思ってたわたしだけど。


「なんで、って、小雪こゆきのこと嫌いになったわけやないけど。なんてーかカノジョってよりアネゴでさぁ」


 目の前の男が、冷たい言葉を遠慮のかけらもなしに吐き出している。申し訳なさそうに頭なんて掻いてるけど心ではそう思ってないのがバレバレのヘラヘラ顔で。


「判った。もういい」


 それ以上聞きたくないから、あっさりとさえぎってやった。ぷいと後ろ向いて、そのまま木枯らし吹く中に置き去りにしてやった。


 だからあいつは知らないね。わたしが泣いたなんて。本当はすがり付いて「別れないでよ」って言いたかったなんて。

 でもサークルではきっとまた会うし、こじれたくない。


 なんでふられた方がこんなこと気遣ってるんだろう?

 ううん、理由は判ってる。また復活しないかって淡い期待を持ってるんだ。


 家に帰ったらもっとさびしくなった。けどフラれたなんて言いたくない。

 だから友達グループに『ヒマだ遊べ(笑)』ってメッセージ出した。

 しばらく待っても返信ゼロ。しょうがない。気を紛らわせるためにゲームでもしようか。


 いつもは楽しいはずのアクションゲーム。今日はぜんぜん身が入らないや。やーめた。テレビでも見よう。

 適当にリモコンでチャンネルを変えていると、スマフォが震えた。


『こっちもヒマです。飲みにでも行きます?』


 あ、失恋の愚痴聞き犠牲者登場。ありがたく彼を呼び出すことにした。




 あわれな犠牲者、遠藤久史えんどうひさしくんと落ち合ったのは居酒屋のチェーン店。

 週末の夜とあって結構な賑わい。他の客は宴会やらで盛り上がってる。いいなぁ陽気に騒げて。


 遠藤くんはわたしより二歳年下の二十歳。ずっと通っているサークルのメンバーの一人で、話が合う人だ。

 イケメンとは言えないかもしれないけど、人好きする顔だと思う。


 ずっと友人で、恋愛感情を抱いたことはない。男女の仲になるより、友達でいるほうが楽な感じ。だから彼氏、あ、もう元彼か、あいつと付き合っているときも結構気楽に話してた。


「急に呼び出してごめんねぇ」


 席に通されて、座った瞬間に謝っておいた。だってこれから愚痴大会だもんね。


「いいよ。暇やったし」


 にこやかな遠藤くん。……そんな顔されると、話しづらいなぁ。

 ところがこっちの気遣いなど一蹴する目の前の友人。


「デート、ドタキャンされたん?」

「今日どころか、未来永劫、キャンセルやで」


 あっけらかんと言ったつもりだったけど、遠藤くんは「え?」と言った後に心配そうな顔つきになっちゃった。


「別れたんか。……なんで?」

「ふられた。女として見れへんて。しゃあないな、かわいげないし。だいたい苗字があかんわ。東郷とうごうなんて強さ丸出しやろ。ニックネームも『ゆきねぇ』やし、もうアネゴ肌バリバリや」


 一気にそこまで話して、悲しくなってきた。そんなわたしでも、あいつの前では女の子してるって思ってた。そういうところを好きになってくれたんだって。それなのに、否定されちゃったよ。


 あ、あぁ。アカン、こんなところで泣いたら。呼び出されて、愚痴聞かされた上に泣かれちゃ遠藤くん迷惑だよ。

 だったら黙ればいいんだろうけど、ここで言葉切っちゃったら余計に泣けてきそうだし。


「でもさぁ、何もこんな薄ら寒い季節に別れんでもいいと思わへん? ……あ、そうか、もうすぐわたしの誕生日やし十二月はクリスマスやし、プレゼントとか面倒くさくなって――」


 必死にこらえて、笑顔で話してたけど、もう限界。

 ぽろ、っと、涙が右目から溢れ出てきた。次の瞬間には左目からも。


「あ、あらら? アカン。ごめんな」


 笑顔を顔に張り付かせながら、あたふたとハンカチを探すわたしの姿はさぞこっけいだろう。

 震える手でハンカチを出してきて目に押し当てた。しばらくそのまま声を殺して涙した。

 遠藤くんは何も言わない。きっと困ってるんだろうな。


「こんなんやから、フラれたんやね。らしくないわ」


 そう言って顔を上げた。遠藤くんは、予想に反して心配そうにこっちを見ていた。


「ゆきねぇ、無理しなくていいやで」


 優しさが、とっても心地よく感じた。だから余計に迷惑かけたくなかった。こんな時に素直に泣かないのはやっぱりかわいげないんだろうけど。


「ううん。もういい。聞いてもらって、ちょっと泣いたら、すっきりした」

「本当に?」

「ほんとほんと。それにさ、あのまま泣いてたら遠藤くんが誤解されてヤバいよ? 恋人の痴話喧嘩って。そんなん嫌やろ?」


 茶化してやると、遠藤くんは苦笑いした。


「それは、……うん、そうやなぁ……」


 ほら、やっぱ迷惑だ。あいまいにしちゃってるのが優しい男たるところだけど。


「ってことで、この話、おしまい。せっかく飲みにきたんだから楽しい話しよ?」


 優しい友人は、わたしの言葉にうなずいて笑った。


 結局、愚痴はちょっとの間だけで、その後二時間くらいは、いつものように趣味の話で盛り上がった。

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