ヤマンバと四枚目の御札 (3)

「優真くーん。なんで逃げるのおおお」


 その声と姿のおぞましさに肝を潰して、優真は震えあがりました。


「助けてえ! ママ、助けてえ!」


 優真は走りながら和尚さんの御札がないかとポケットをさぐりました。

 きっとここはあの絵本の中なのです。三枚のおふだがあれば、いっそ炎や氷や雷を出して、ヤマンバをやっつけられるはずです。


 すると、ポケットから出てきたのはおふだではなく、幼稚園の<なかよしカード>でした。なかよくしたい子にこのカードをあげると相手もお返しにくれるから、なかよしの出来上がり。優真は同じクラスの子のなかよしカードを全部持っています。


 優真はなかよしカードを見たとたんに、足が止まりました。


 逃げだした自分が恥ずかしくなったのです。

 ヤマンバのおばあさんは栗とお汁粉を食べさせてくれて、ひとつしかないお布団で一緒に寝てくれたのに、ぼくはどうして恐がって逃げたりしたんだろう。

 見た目はちょっと恐いけど、そんなこといったら大好きなマナティだってセンザンコウだってちょっとは恐いじゃないか。


 優真は息を切らして追いついたヤマンバに、自分のなかよしカードを差し出しました。するとカードはひらりと地面に刺さり、そこから芽をだし茎をのばし、竜胆リンドウの青い花々が二人を包み込むように咲き乱れました。


「まあ、なんてきれいなんでしょう」


 頬笑んだヤマンバの笑顔はまぶしいほどに優しく、優真は顔を赤くしてヤマンバに謝りました。


「おばあちゃん、逃げたりしてごめんなさい」


 すると、おばあさんは腕を広げて優真をだっこした。


「優真くん。ありがとう」


 おばあさんは優真の頭をそっと撫でました。


「わたしがヤマンバだと分かるとね、みんな恐がって逃げていってしまうの。優真くんは戻って来てくれたのね。優真くんは優しい。ほんとうにありがとうね」


 おばあさんは優真を胸に抱いてぽろぽろと涙をこぼしました。


「ぼく、こわくないよ。全然」


 優真は一生懸命に言いました。

 やっぱりヤマンバはひとりぼっちで寂しかったんだ。

 いままで誰も気がついてあげなかったんだ。


「さっき、ぼくのなかよしカードあげたでしょ? だからもう、なかよしなんだよ」


「そうなのね。そしたらおばあちゃんも優真君に何かあげなくちゃね」


 ヤマンバは竜胆の花を腕一杯に摘んで優真にくれました。


「はい。なかよしのしるし」


「ありがとう」


 優真は花束といっしょにヤマンバを、ぎゅうっと抱っこしました。

 そんな二人を、空から丸いお月さまが優しく照らしていました。



 * * *



 優真はとても幸せな気持ちで目が覚めました。

 そしてはっと両手を見ましたが、竜胆の花はどこにもありませんでした。


「なんだ。夢かぁ……」


 お布団に起きあがると、枕元の絵本が目にはいりました。

 昨日の夜、ママが読んでくれた「ヤマンバと三枚のおふだ」です。

 表紙には、逃げていく小僧さんとヤマンバの姿が影絵のように描かれていました。

 パラパラとページをめくると、なにか挟まっています。


 優真は目を瞠りました。「なかよしカードだ!」


 そのカードには、青い竜胆の花が描かれていました。

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短編童話集 ❄ 終わらないエンドロール 来冬 邦子 @pippiteepa

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