ヤマンバと四枚目の御札 (2)
優真は大きな栗の木に下に立っていました。
まわりはとても深い森。木洩れ日に染まる地面には、割れたイガから艶々とした栗の実が顔を覗かせています。栗はあちこちに落ちていて、優真は夢中で拾い始めました。
「ぼうや、どこから来たの」
優しい声に優真が目を上げると、栗の木の後ろから、藤色の小袖を着たおばあさんが頬笑みかけていました。豊かな白髪を肩のうえできれいにまとめてあります。
「ぼく、おうちからきたの」
そう言いながら、おうちはどこだろうとちょっぴり不安になりました。
「ぼく、おなまえは?」
「優真」
「優真くん。おばあさんの家はすぐそこだから、その栗を茹でてあげましょうか」
そう言うと、おばあさんは優真と手をつなぎました。その手の柔らかさは田舎のおばあちゃんを思い出させます。優真は嬉しくなってついて行きました。
おばあさんの家は小さいけれど清潔で暖かでした。囲炉裏にかけた鍋がコトコト煮えて小豆の煮える甘い匂いがしています。優真は栗だけでなく甘いお汁粉もたくさん御馳走になりました。おばあさんが何くれと無く世話を焼いてくれるので、すっかり満ち足りた優真はウトウトと眠くなりました。
はっと優真が目を覚ますと、もう夜でした。おばあさんと同じお布団で眠っているのでした。トイレに行きたくなったので、隣で寝ているおばあさんを起こさないように、そっと温かい布団を抜け出しました。
トイレが見つからないので外に出ると、その夜は満月で、皓皓とした月明かりが小さな家を照らしていました。
ここはどこなんだろう。優真は初めて訝しく思いました。
こんな山奥で、おばあさんはどうして一人で暮らしているのだろう。
用を足して家の中に戻ろうとすると、一筋差し込んだ月影が、おばあさんの寝顔を照らしました。昼間は穏やかで優しげな面差しでしたが、今見れば、白髪を枕辺に散らし、苦しげに歯を食いしばり歯ぎしりをしています。眉間に深く刻まれた皺が恐ろしげな陰をこしらえていました。
ヤマンバだ!
そう思った途端にぞわぞわと優真の全身が総毛立ちました。
優真は振り向きもしないで山道を駆けおりました。あんなにたくさん採った栗も置いてきてしまいました。怖ろしくて怖ろしくて取りになど戻れません。
「ぼうやぁ、待ってえええ」
ほどなくして後ろから呼びかける声が聞こえました。振り返ると、夜目にも白い髪を長く振り乱し、着物の裾を端折って細い脛を剥きだしたヤマンバが、大きな口を開けて、ひどく嗄れた声で叫んでいるのでした。
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