師走の焚火

風都

第1話 処理に困るものでも、暖を取ることはできる。


「ねえ、ラブレターってどう処理してる?」


 師走。

 お坊さんも走るという忙しさの中。

 彼は、妙なことを抜かす。

 私の今の状況は忙しいの一言に尽きる。今日は自分の部屋を隅から隅まで掃除し、いらない物を処分し、使わなくなった参考書などのお下がりを彼に押し付けた。現在、スッキリした部屋で何度も読み返しているお気に入りの小説を嗜んでいる。

 断じて暇じゃない。

 そんな私の至福のひとときに、彼(私の弟)はノックとともにやってきて、開口一番。

「ラブレターってどう処理してる?」

 取っておかないの?

 そう言おうとしたが、無意味な発言だと気付いて私は口をつぐんだ。


 正直、貰ったことがない奴に聞くな。

 けれど、それを言うのはあまりにも悲しすぎる。自分で自分の傷に塩を塗り込む訳にもいかないので、私は3秒ほど考えた後、

「燃やせば?」

 と提案した。


 何か困ったことがあった時、必ずといっていいほど彼は私に相談する。

 宿題を忘れた、友達と喧嘩した、好きな子が友達のことを好きになった、数学が全くできないe t c。

 思い返せば彼は生まれた時から、さながらヒヨコのように私の後をついて回っていたのだ……こういうのを、なんと言ったか。

 あああ!パッと出てこないのがもどかしい!!どうしてこう、さっさと出てくれないのかな!!このもやもや、どうすればいいんだよ!!今更部屋に戻るのは面倒だよ!!

「ってか、なんで外に出たの?」

「なんでって、手紙を燃やすためだよ」

「うちの薪ストーブでいいじゃん」

 外は快晴。午後2時。

 無風。

 しかし、師走。

 寒い。

「父さんと母さんにバレないようにパッと入れちゃえばいい」

「おばあちゃんにバレる」

「あ」

 うちの祖母は、冬になると薪ストーブのそばから離れない。というか、薪ストーブと壁の間で昼寝をする。あつくないのだろうか、と思うけれど、老いるにつれて皮膚の感覚も遠くなるのだろう、干からびない程度にお茶を差し入れるのを忘れなければ案外うまくやっていける。

 しかし、この祖母。物音には敏感なのだ。一度ストーブの蓋を開ければ「さっき入れたよ」と声をかける。薪ストーブの薪当番、薪の番人といっても過言ではない。

 ただ、そのおかげで茶の間の室温は常に27度に保たれているのは、少し困るが。

「それに、こういうのは雰囲気が大切だと思うんだ」

「あんた、そういうの大事にするんだね」

「お姉ちゃんはそうじゃないの?」

「別に。私は、模試の成績もあのストーブで燃やしてきた」

「うわぁ」

「憐れむな、時期にお前もそうなる」

「あと、2年も先じゃん」

 彼は、この日1番だと思われるイラつく笑顔で箒を小刻みに動かしていた。シャッシャッといういい音ともに、庭の栗の葉が集められていく。なかなか上手い。

「で、なんで庭の掃除をしているの?」

 かくいう私も、魔女が持っているような竹箒で葉っぱを掃いている。

「ゴミを燃やしたいって言ったら、燃えるものが必要でしょって、お母さんが」

「体良く押し付けられたか。あっちのガラクタの山は?」

「ついでに燃やせって」

「……効率はいいな」

 黙々と言われたままに、枯葉の山を作り上げる。そして、庭がまっさらになる頃、私は農作業で使うような大きなチリトリに葉っぱを押し込んだ。

 彼はその間に一輪車を引っ張ってきた。よく見ると、彼は背が伸びて肩幅も冬用ジャンバーの厚さを無視できないくらいがっしりとして逞しくなったように思える。成長期ってすごい。

「これに乗っけていって」

「オーケー」

「俺はあのガラクタの方押してくから、姉さんはそっち持って行ってね」

「ラジャー」

 適当に返事をして葉を積み終えると、彼と並んで一輪車を押す。その間にハッと脳裏に閃いた。


「あ、刷り込みか!」

「何それ?」

「生物の授業で習ったやつ。生まれたてのひよこが初めて目にした動くものについて行くこと」

「へぇ、なんで急に?」

「……なんとなくよ」

「あっそ」

 幼い時のお前のことだ、などと言えるはずがない。それにもう、彼はひよこではないのだ。確実に鶏に近づきつつある。

 私はその事実に、ほんの一瞬だけ感慨深くなった。


 うちの畑のすぐそばに、ゴミを燃やす用の堀がある。外でゴミを燃やすのは、はっきり言って環境に悪いし近所迷惑だ。


 ーーだから、私たちは夕暮れ時の目立たない時にこっそり燃やすことにしている。

「もうそろそろ暗くなってきたし、燃やすか」

 私が声をかけると、彼はハッとした顔をした。

「あ!手紙忘れてきた!」

 アホだ。

「取ってくる!」

「私も行く」

「なんで?」

 白い息を吐く彼に、私はニヤリと笑った。

「燃やしている最中に、あったかい飲み物でも飲みたくない?」

「お姉ちゃんも、雰囲気大事にするじゃん」

 弟もおそらく私と同じ顔で笑う。

「お姉ちゃんのおごりね」


 私は自分の部屋に戻って、財布をジャンバーのポケットに入れた。そして、家の近くの自動販売機でコーンポタージュとホットココアを買った。

 呑気に歩いて戻ると、紙袋を提げた彼がぼうっと突っ立っていた。

「あんた、モテるんだね」

 紙袋の中身を確認しながら、私はポツリと呟いた。

「まあね」

 まんざらでもなさそうに、弟が呟く。

「ライターは?」

「あ、忘れた」

「取ってきてよ。あんたの方が若いし、近いし、足も速いから」

「若さは変わらないじゃん。まぁ、行ってくるけど」

 彼が走っている最中、私は彼に恋した乙女の努力の結晶を覗いた。どれも可愛らしい便箋で、薄暗い中でもキラキラと輝いていた。


 ガラクタと葉っぱを掘りに放り込んでいると、彼は駆け足で戻ってきた。手にはチャッカマンが握られている。

「薪ストーブのところからかっぱらってきた」

「よし、着けるか」

 彼は1つを除いて容赦なく掘りに手紙を投げ入れて、残った1つの便箋に直接着火した。

 めらめらと火が彼の手に迫るが、届く前に手紙を掘りにそっと置いた。

 手紙達はよく燃えた。


 燃える手紙を見て、ふと思い出す。

「なんか、こういうシーンが小説にあったな」

「なんていう小説?」

「なんだっけ……ああ!ぜんっぜん思い出せない悔しいモヤモヤする!」

「そういうことあるよね」

 私は本日2度目のモヤモヤを胸に抱えてしまうこととなった。

 近くにあった空き箱をふたつ持ってきて2人で座る。さっき買ってきたココアを彼に渡した。

「俺、コンポタがいい」

「しょうがないな」

 別にコーンポタージュだろうがココアだろうが、どっちでも良かった。

 手紙は跡形もなく燃えて黒くなり、ガラクタや栗の葉に火が燃え移った。時折パチパチと音がする。少し焦げ臭い匂いと、綺麗に光る火の眩しさに、私は少しだけ涙が出てしまった。

「たまに飲むと、コンポタっておいしいな」

「そうね」

「実は、俺、手紙読まなかったんだ」

「そう」

「だって、好きな人から貰うことに意味があるのだから。好きでもなんでもない人の手紙を貰って、そいつを好きになることなんてないし」

「うん、そうだね」


 相槌を打ちながら、考える。

 彼は、知らないだろう。私が、彼の手紙達の中にを入れた事には、無頓着な彼には気がつかない。

 とは、今では私と両想いである。まだ片思いだった頃の私が、かれに宛てた手紙。

 今日こそ渡そうと思って、渡せなくてズルズルと引き伸ばしていたある日に、かれに呼び出されて。受験勉強という、大きな壁も2人で乗り切ろうって約束して。……私が、1人その輪から抜けて。

 だからもう、必要のないものだった。重荷になるだけのものなら、終わりにしてしまった方がいいに決まっているから。


「焼き芋焼けば良かった」

 呑気な彼は、パチパチと燃える火を見つめていた。轟々と燃える火が照らす彼の横顔は、翳りがあって今しがたの発言とは違い大人っぽかった。

「結構難しいよ。小さい頃にやってみたけれど、うまくできなかった」

「全然覚えてない」

「そりゃ、あんたがよちよち歩きの時だったもの」

「なんだ。じゃあ覚えてないに決まってる」

 そういった途端、風がビュウと吹いて煙が私たちに向かってきた。ダイオキシンを含む煙にゴホゴホとむせる。さっきまでの割としんみりした雰囲気が台無しになった。


「もう帰ろっか」

「そうだね」

 甘ったるいココアの空き缶を握り締めながら、私は空き箱から立ち上がった。

「まあ、これで乙女の怨念も晴れたことでしょう」

「あんたの罪悪感が少し軽くなったの間違いだね」

「それもある」


 苦い思い出も、こうやって燃やせば一時の暖になる。

 焚火から離れると一気に寒くなったので、私はやたら足の速い彼の背中を後ろから追いかけて帰路を急いだ。

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