間幕・コウテイペンギン

我々は動物を愛し続けるが、決して愛されてはいけない。

――とある動物園の飼育員


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ザザーンと波が砕ける音を聞きながら、空と海の向こう側をみつめる。

あの向こうには何があるのか、私には想像もつかない。

けれども、あの人は、その向こう側に行ってしまった。

だから私は、ここで待っている。

あの人が帰ってくるのを。


「コウテイ」


聞き覚えのある、なじみの無い声と匂い。


「調子はどうだ?具合が悪くなったりしてないか?」


フルフルと首を横に振ると「そうか」とそっけない一言。


「いつもの食糧、二週間分だ」


渡された袋の中には、少しのじゃぱりまんじゅうと、透明な皮のじゃぱりまんじゅう。

透明な皮のじゃぱりまんじゅうは美味しくないし、皮は食べられないけど、ずっとずーっと長持ちする。


「明後日は荒れるぞ」


その言葉も、姿も、風と一緒に流れていく。

そして私だけがここに残り、待ち続ける。


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「あいつはな、飼育員を待ってるんだ」


「半年前に、引退と同時に本土へ帰っていきましたわ」


「ペンギンの飼育に関してはカミサマって呼ばれるくらい詳しい人だったぜ」


「そうそう、あの子を孫娘のように可愛がってましたよ」




「本当に詳しかったさ、だからあいつに愛されない世話のしかたも知っていたはずなんだ」


「ええ、愛されないように気をつけていたはずなんですけど……」


「あいつは普通のペンギンでもなく、普通の動物でもなかったンだよなぁ」


「あの子は……アニマルガールなんですよ」


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ゴウゴウという風が、小さな小屋を揺らし続ける。

灯の明かりも、星の夜空もない、真っ暗な世界。


目を凝らすと微かに見える窓の格子。

遠くにあるのに、大きく見える。

手元にあるのに、小さく見える。

まるで私の大きさが変わり続けているような錯覚。


ピカッっと一瞬、世界が真っ白になった。

急いで目を閉じて、耳をふさぐ。


「ひぁっ!」


言葉に出来ない大きな音が身体を震わせ、何度も、何度も、なんども。


「うぅ……」


抱きしめていた毛布に、顔をぎゅうと押しつける。

微かに残る懐かしい匂いで昔のことを思い出す。


気がつけば、この姿になっていた私に、いろんな事を教えてくれた。

褒めてくれた、笑ってくれた、ちょっぴり怒られた。

「コー」と私を呼んでくれる優しい声が好きだった。

優しく頭を撫でてくれた大きな手の温かさは、特別だった。


だけど。

あの人はどこか遠くへ行ってしまった。


「う……あ……」


辞める、って言葉の意味はわかってる。

あの人はもう二度と帰ってこないって。

だから、その言葉は難しいことにして、分からないことにした。


わかりたく、なかった。


「……っ!……うぅ」


鼻の奥が熱くなり、じんわりと浮かんだ涙が毛布に染みこむ。

もう、私の頭を撫でてくれない。

もう、あの声で私を呼んではくれない。

もう、名前を呼んでも応えてくれない。


――気がつけばゴウゴウという音は止んで、うっすらと空が明るくなっていた。


波の音も、風の音も遠くに行ってしまった小屋の中で。

気怠く重たい身体を起こして、へたり込む。


ぼんやりと窓の格子を、流れる雲を、目で追いかける。

ああそうだ、港に行かないと。

昨日着くはずの船は今日着くはずだから。


だから、あの人を迎えにいかなくちゃ。


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本文:


お疲れさまです。

昨夜の嵐は大丈夫でしたか?


本日は教育担当の者が迎えに行く予定でしたが、昨晩の嵐の影響に伴い、代わりのアニマルガール「コー」をそちらに向かわせる事になりました。


外見上の特徴は――


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白い船がボゥと鳴いた。


忙しそうに動き回る人たちをぼんやりとみつめる。

船から降りきた人たちはみんな知らない人たちだった。

面白くもないのに口から笑い声が漏れ出てきた。

やっぱり、あの人は居なかった。

居るはずが無いんだ。


だってあの人はもう辞めてしまったんだから。

だから、あの人は絶対に帰ってこないんだ。

もう二度と、私を「コー」と呼んでは――


「コーさん?」


いきがとまるかとおもった。


「ええと、迎えのアニマルガールの方……ですよね?」


うそ、だ。

そんなわけがない。


「あれ?違うのかな……でも……」


ふりむくと、そこにはあのひとがいた。

やっとかえってきてくれた!!

かえってきてくれたんだ!!!


「あっ、初めまして、僕は……うわぁ!?」


あの人の胸の中に飛び込んでいく。

すっごくすっごく嬉しいのに、涙が溢れて止まらない。

涙も気持ちも抑えきれずに、大きな声で私は鳴いた。


泣いて、鳴いて、泣き疲れて。

私は微睡みの中に沈んでしまった。


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プールの底から水面へ飛び出すような浮遊感。

でもその先は、みんなと一緒に暮らしてる水槽じゃなくて、薄暗い小屋でもなくて、綺麗に整えられた……今までずっと私が使っていた部屋だった。


あれ……?

頭がクラクラする。

あの人が帰ってきた事も、待ち続けた事も、そもそも辞めた事も。

もしかして全部、夢だったのかな?


「あ……大丈夫ですか?」


……誰?


「あ、怪しい者じゃないですよ!ってああ、これじゃホントに不審者じゃないか……」


私の全く知らない人。

けれども、顔も、声も、雰囲気も、あの人によく似ている。


「えっと……初めまして、この度、貴女の飼育担当になりました――」


その名前はよく知っている。

あの人と、同じ名前だ。

……でも、この人は、あの人じゃない。

ねぇ、あの人はどこ?


「あ、お爺ちゃんの事ですか?」


おじいちゃん?


「貴女のことはお爺ちゃんから良く聞いてました。よく転ぶから目が離せなかった、とか」


だって……これが邪魔なんだもの。

胸元の膨らみをポヨポヨと弄る。

重いし、足下は見にくいし、なんでこんなものが付いてるんだろ。


「あ、そ、そ、そうですね……!」


……?

顔、真っ赤だけど大丈夫?


「大丈夫れひゅ!」


変な人。

クスクスと思わず笑い声が出てしまう。


「ほ、他にもご飯を食べ過ぎるから気をつけろよ、とか」


そ、そんな事ないもん。

普通だもん。多分。


むぅ。

何であの人はそういう事ばっかり教えてるんだろ。

なんか、悔しい。

だから私からもとっておきを。


あの人が他の子にお尻をつつかれてプールに落ちたって話は知ってる?


「あ、はい、それは聞いたことあります」


そのあと、私に抱えられて運ばれたことも?


「えっ?それは初めて聞きましたよ!?」


やった。

この人に恥ずかしい話ばかり教えてた、あの人へのほんのちょっぴりの仕返し。


あの時は水中から抱きかかえるように掬い上げて、お医者さんの所まで連れて行ってあげた

最初は「下ろせ-」って言ってたけど、いろんな人に道を聞いていくうちに大人しくしてくれた。

あの抱き方はお姫様だっこ?って名前だって他の人から教えて貰った。


「ふふっ…あの爺ちゃんが…ふっ…お姫様だっこ……」


ね。あの人が、だよ?

普段じゃ考えられないくらい大人しくしてくれたの。

でも、表情だけは、いつも以上にむすっとしてた。


「ぶはっ!」


二人であの人のしかめっ面を思い出しながらクスクス笑い合う。


「爺ちゃん……なにやってんの……ふふっ」


……ぁ。


あの人に似た、この人の笑顔で私はようやく気づいた。

こんなに笑ったのは、あの人が居なくなってから初めてかもしれない。


「ふぅー……んふっ、他にも何か、そういう話って無いですか?」


あっ、うん。

えっと、他にはね――


「そう――は――」


それは――で


「――が――??」


――の――で……


「――!」


――?


……


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【秘】


特定特殊動物とヒトとの交配並びに繁殖実験ついて


現在、特定特殊動物(アニマルガール)は特殊鉱物(サンドスター)が野生動物、及び飼育下の動物に接触することによる、偶発的発生のみに頼っているため、長期における継続的飼育が困難である。

特定特殊動物の最大の特徴として、全種が雌のみである事から、繁殖での個体数増加が期待できるものと思われる。

しかし、ヒト種の雌と一部を除いて生物学的特徴が一致しているものの、ヒト種の雄との交配、並びに繁殖は一度も行われていない。


今実験は長期における継続的飼育、並びに個体数の増加の可能性について調べるものである。


対象については以下の通り。


・Aptenodytes forsteri(コウテイペンギン(個体名:))


雌の現在の健康、及び精神状態に配慮し、つがいとなる雄については繁殖可能な若い個体とし、元飼育員と容姿が似たもの、若しくは近親者とする。

また、両名の接触は自然なものとなるよう講じること。


本実験は【秘】扱いとし、取り扱いについては十分配慮すること。

また、実験の客観性を期すため、特に被験者両名への口外を固く禁じる。


以上

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特定特殊動物保護管理記録 @rapter999

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