犠牲者達の旅路

@natsuki_soujun

序章

今から五百年の昔、その世界には魔王と呼ばれる存在があった。魔の頂点に君臨し、世界を我が物にしようとしたその生き物は、ある時に勇者と呼ばれる人間に討ち取られた。

滅する瞬間、魔王は勇者に呪いをかけたという。

二十の年を跨ぐことの出来ない呪い。子を一人しか残せない呪い。

 勇者の血を完全に絶やす術もあった筈だ。けれども、魔王は勇者の血を薄めながら、新たな勇者の出現を阻止したのだろう。

魔王という生き物はいつかまた復活するという。そして勇者とは血に宿る力。

その血が絶えてしまば、次はいつ勇者が生まれるかわからない。もしその時に魔王が復活したならば……。人類には生き残る術はない。



「ーー父上、行って参ります」


そう言ったのは一人の少女の声。女性と呼ぶにはまだ幼さの残る顔と、肩より上で整えられている赤茶けた髪が風に揺れる。

 女性の平均より少し高い背と細い体格に、服装は簡素なシャツと男性が履くようなこれまた簡素なズボン。腰には一振りの剣がはかれている。


別離の言葉に応える者はいない。少女の目の前には彼女の背丈よりまだ少し高い、一つの大きな墓碑。この地方は死者を土葬し、一人一人に墓碑を作ることが習わしたが、この墓は骨を収めるものだ。

二十年に一度必ず人が死んでいては、土地が足りない。最初の数代で気付いた当時の勇者が建立した墓碑はあちこちに苔とヒビが走っている。


それでも、誰も新たに作らなかったのは何故か? 少女ーーイルティは知っていた。


(新しい墓碑なんて作れば、呪いがこれからも続くと認めるようなものだもの)


 きっと次こそは呪いを消し去り、血族の繁栄を得るのだと信じたいがために。


 最後に礼をして、彼女は振り向くことなく歩き出した。




 村の入り口へ向かえば、よく見知った軽薄そうな笑顔が待っていた。


「行くのか?」

「うん。ーーリヒト」


 彼は私の幼なじみであり、少し年は上だが気安く話が出来る良き友人である。

 この地方では珍しくない色素の薄い灰色の髪と瞳。普段と同じ少し装飾の多いシャツとズボンに、何故かマントを羽織っている。

この地方の剣術大会で共に上位入賞した事もある。

 今日で長く会えなくなるのは寂しいが、昨夜は家族ぐるみで夕食を食べ、見送りも断っていたのに。少しだけ名残惜しい気持ちで自分より高い位置にある顔を見上げる。


 そっか、とだけ言った彼は凭れていた柵から体を離すと、足元にあった大きな荷物を軽々と背負った。


「……ん?」

「どした?」

「お前のその荷物は何だ。あとそのマント」


 その荷物はまるで旅支度のよう。例えば今自分が背負っているものと同じ位の大きさ。

 戸惑う私の顔を見て、リヒトは楽しそうに笑った。


「旅支度だけど?」

「お前に必要あるのか、それ」

「二人旅なんだし、荷物は多いぞ」

「二人旅って……、お前、まさか」

「イルティは嫌だろうけど、同行させてもらうから」


 どこまでも軽い調子の言葉は、彼が私の予想通りの考えなのだと肯定していく。


「……っ、そんな、お前、勝手に……!」

「勝手なんかじゃないさ」


 空詰め寄ろうとした私を笑いながら手で制した。


「俺の親も、お前のおばさんも、カロンも、ついでに村のみんなも委細承知だ。というより、半ば頼まれたんだけどなー」

「は……?」

「単純にさ、一人旅より二人の方が安全だし、目的達成の確率は高いだろ」

「それは……、そう、だけど。でもっ……、わ、わ!?」


 空さらに抗弁しようとした私を制して、彼の手が髪の毛をグシャグシャとかき乱した。

離れた手を追うように見上げれば、やはり笑顔。でも、長い付き合いである私にはわかりやすい。


「いいから……、"これで最後"だろ」


 完璧に笑おうとして、すこしだけ失敗した、その必死な顔。解ってる。彼は決して私の人生と無関係ではなくて、この旅が失敗すれば、この人は私の犠牲になるのだから。

 それなのに、私に気を使わせないように言ってくれたであろうその言葉を、嬉しいと思ってしまった。彼の身を危険に晒すかもしれないのに。でも、これ以上抗う事は出来なかった。


「……うん」


 頷いてしまうのは、私の弱さ故だろう。

でも彼の意思だけで「着いてきてもらう」のは情けないので。


「リヒト」

「ん?」

「私の旅に着いて来て欲しい」


 真っ直ぐに見上げれば、どこか安堵したように彼は頷いてくれた。



 魔王の復活が近いという王都からの伝令が届いたその日に、私は双子として生まれたという。

 二つの事件を人々は結びつけ、一人は子供を産むために残し、もう一人は魔王との戦いに使うと父親に強いた。その彼も一九で死に、母親は覚えている限り私達を平等に扱ってくれた。


 それは、私が二年の命を世界に捧げるのに充分だった。

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