丘の上の城
フカイ
掌編(読み切り)
海を見渡す草原が、初夏の日差しに輝いている。
その草原は小高い丘となっており、その丘の上に白亜の城が築かれている。
正六角形の台座の上に、六つの尖塔を持つ。尖塔の上には見張り部屋と弓を射るための防御壁付きの台座が備わっている。大理石のブロックを積み上げた白い城壁に、尖塔のブルーの屋根がアクセントとなっている。
クルマで丘を登ってゆくと、その城の姿が徐々に明らかになってくる。
13世紀にこの国を治めた皇帝が建てたものだ。イタリア南部のこの町から、時の神聖ローマ帝国を治め、その威厳は地中海を超えて遠く中東まで届いたと言われている。
去年の南イタリアのワイン品評会は、アドリア海を望むこの城で行われた。
18世紀に地元の領主から譲り受けた地で始まったブドウ栽培は、代々に渡って我が家の家業として引き継がれてきた。
気まぐれで繊細なブドウ栽培は苦労の連続であり、安定した品質を保つため、我が家では様々な取り組みを実施してきた。その苦労の甲斐あって、品評会ではしかるべき格を取ることができた。土壌を開墾し整地した先祖の苦労、そして強くたくましい苗を作り上げた先代達の技術。そのすべてを私は誇っている。
また、息子であるジョルジョとカルロ兄弟の結婚披露パーティーも、この城の庭を借り切って行われた。これは今年の話だ。結婚式自体は市役所でつつがなく執り行われ、市役所の出口でライス・シャワーを浴びせた。ジョルジョにはモニカ、カルロにはフランチェスカ。どちらも美しく、気立ての良い娘たちだ。そのうち可愛らしい子どもをうんと産んでくれるだろう。
一行がこの城に到着する頃、城ではパーティーの準備が完了し、100人近いゲストともに盛大な披露宴が開催された。
人々は片手にスパークリングワインを持ち、片手はパートナーの肩や腰において、芝生の庭でセレナーデを踊った。甥のクリスティアーノはミラノ管弦楽団に在籍していたから、一流の室内楽奏者を招くことが出来、我が家の最良のワインとともに忘れられない夜を過ごした。
城の中には、ルネサンス時代の壁画が残されており、特に荘厳なのはエントランスの天井に描かれた地上に降りてくる天使たちに囲まれたマリア様のものだ。
観光客がわんさと訪れるローマやフィレンツェの有名な作品にはかなわないけれど、小さな我々の町の誇る世界の宝だと、町の誰もが考えている。
●
「おい、もっとスピードはでないのか?」
私は運転席でハンドルを握るマッツィオに怒鳴りつけた。
「そんなこと言ったっておやっさん、もう床が抜けるくらいアクセルを踏み込んでるんですぜ」
マッツィオはすこしも急いでいる風ではない口調で、そう答えた。
これだ。
私はこれをいちばん憎んだのだ。
ローマの時代からイタリア人は勇猛果敢で地中海の覇者と呼ばれていた。しかしいつのまにか我々は、世界の頂点から滑り落ちてしまっていたのだ。若い男たちはセックスのことばかり考えているように、私には思えてならない。
私は軍用トラックの荷台で、何台もの機関銃にマガジンを装てんしていた。
連合軍の航空攻撃を防ぐには、あの高台が最適だからだ。
しかし。
私とマッツィオの乗ったトラックがあの城の立つ高台に到達する前に、空に黒い影が横切った。アメリカのマークをつけた爆撃機だ。
あ、と思った瞬間、彼らの飛行機は黒い爆弾を投下して、あっという間にこの高台を過ぎ去ってしまった。
マッツィオがトラックを急停車させる。
そして私たちは、私たちのシンボルであったあの城に、忌まわしい爆弾が吸い込まれてゆくのを見つめていた。
そして城は、白い煙とオレンジ色の火炎の尾を引かせて、白い大理石のレンガを、四方八方へばら撒いてしまった。轟音とともに。
神聖ローマ帝国からの遺産を、あの気狂い共は、いともかんたんに吹き飛ばしてしまったのだ。組み立ててあげた積み木の家を、赤子が気まぐれに払うがごとく。
私が泣いたのは、母親を亡くして以来、人生でたったの二度だけだ。
その二度目が、この時であった。
丘の上の城 フカイ @fukai
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