『言霊』ならぬ、『文字霊』

結局、あれからアイツと話すこともなく、翌朝を迎えた。

「んんっ……」

目覚めが悪く、体が重い。

とりあえず、カーテンを開けよう。

「ん?」

カーテンに手を掛けると、机の上にある紙束が目に入った。

コピー用事。しかも赤字がビッシリと。

「……アイツ」

自然と口元が緩む。大半がダメ出しなので良くは無いんだが、不思議と気持ちが暖かくなる。

こんな駄作にも、真剣に向き合ってくれるんだな、アイツ。

「よし!」

カーテンを開く。

そこに広がっていたのは、普通の──────

「え?」

この敷地の中には、この洋館の他にいくつか小さな小屋が存在している。

そのうちの一つが、この部屋の窓から見えるのだが……。

「……一姫?」

その屋根にアイツは座って、朝日を眺めていた。


***


「……よう。朝早いのか?」

小屋の下に来るや否や、アイツが先に口を開いた。

時刻は午前6時。早いと言えば早いな、確かに。

「お前こそ、一体いつからそこにいるんだよ。……ん?」

壁には梯子が立て掛けてあった。あそこから登ったのか。

「んー、いつからだったかな。太陽は出てたから、そう早くは無いはずなんだが」

アイツは腑抜けた声で答える。昨日のこと、やっぱり引きずってるんだろうか。

こうしちゃいられない、と梯子に手と足を掛けて、登る。

「こ、こわ……」

踏ざんは細く、酷く頼りない。

女子が登る分には十分なんだろうが、男子となるとそうもいかないらしい。

「それ、結構怖いからな。慎重にやれ」

俺の方も見ずに忠告してくる。嫌なヤツだな。

そうか、アイツも怖がることとかあるんだな。


「う、わぁぁ、ふぅ……」

なんとか一番上に達したと安堵したのも束の間、屋根に登ろう足を掛けた瞬間、滑った。

「な、うわぁっ!?」

「チィッ、……馬鹿野郎!!」

落っこちる寸前で、アイツの手が俺の腕を掴んでいた。

「……っ」

ひどく睨まれている。その目で人を殺せるんじゃないかってくらい睨んでいる。

「ご、ごめん」

俺が謝ると、もう一度強く睨んでから、大きくため息を吐いた。

「……だから、慎重にやれって言ったんだ」

そのまま、ぐいっと引き上げられる。

俺も見ているばかりではいられないので、ある程度の高さまで上げてもらうと、再び、今度は慎重に足を掛けて何とか登り切ることに成功した。

「サンキュー。助かった」

「ん……」

ゆっくりと移動し、隣に腰掛ける。

「断りの一つくらい入れろよ」

「そうつべこべ言うなよ……」

小言を呟くその顔は、別に嫌がってなんていなくて。

ただボウっと、朝日を眺めていた。


***


「お前さ、自分の存在証明のために書くって言ってたな」

「ん? ……ああ、そんなこと言ったな」

一姫の服装は休日だというのに制服のままで、しかも冬なのにカッターシャツ一枚というバカみたいな格好。

髪はボサボサで整えていなかった。

「お前さ、なんで書こうと思ったんだ?」

一姫は最初に、こう切り出した。

「……書きたいって、思ったからだよ」

「なんでって、そりゃあ……すげぇなって、思ったから」

「すげぇ?」

コイツは声こそ笑っているかのように話しているが、実際は無表情のまま。

話を聞いてるんだろうか。

「俺たちは、数ある芸術の媒体の中で、小説を選んだ。それってさ、結局どんな理由があったって、それに惹かれてるってことだろ?」

一姫はなるほど、と頷く。

「……小説家、いや、物書きにとっての武器は文字、文章ってわけだ。世界観、キャラクター、エトセトラエトセトラ……」

一呼吸置いて、コイツは続ける。

「小説──────物語の構成要素はそれこそ多様に存在するわけだが、私達の最大の武器は、文章であり、文字なんだよな」

「それがどうかしたのか?」

一姫は、いいや、と呟いて、

「それなら、お前たち物書きは、文字と文章それ自体が持つ力、影響を深く理解していなければいけないわけだ」

「だから?」

「私は『言霊』ってのを信じてる。この場合は『文字霊』とでも言おうか。例えばSNS。色んな書き込みを見るが、燃えてない日は無いよな」

「おい、物書きは文章の持つ力を知っているべきなんだから、書き込みは控えるべきだ、とか馬鹿なこと言うなよ?」

「……アホか。私だってそんな強制を課す気はない。ただ、物書きが言葉で争っていたり、罵倒していたりするのを見るとさ、途端に悲しくなるんだよ」

悲しくなる、か。

考えたことも無かったな。

物書きにとって、文章とは誰かを喜ばせるための、楽しませるもの、そのはずなのに。


どこで、間違えてしまったんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パラダイムシフト こうやとうふ @kouyatouhu00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ