『見えるセカイの違い』
私の世界は昔から灰色だった。
私の感じる世界は、昔から灰色だった。
世界三大夜景とやらを見ても何も感じず。
流行りの曲を聴いても感動しないし、好きな曲など一つもなく。
食べる物は不味くもないし、美味くもない。
空気は生ぬるくて、澱んでいた。
そんな気持ち悪い
私のこの感覚は先天性のものらしく、また非常に稀な症例だったようで、私と同じ感覚を持つ人間は、私の知る限りでは私一人だった。
生きているだけで苦痛だった。
満たされない。
満たされない。
満たされない。
幼い頃から、運動ができた。勉強もできた。
それ故に他人を見下した。
傲岸不遜な人間の末路など、一つしかあり得ない。
灰色の世界に住む私の周りには、気がつけば人がいなくなっていた。
達観しているなどと聞こえは良いが、それは実際のところ、世界に適応できていない精神異常者だ。
私も自覚はあるが、これはおいそれと簡単に治るものではないからと半ば諦めている。
でも当時の私にはこれが普通で、それ以外知らなかった。
そんな半ば諦め状態でやさぐれていた人生に、彩りを添えてくれたものがある。
小説だ。
一見すると文字の羅列。しかしそれらには意味があり、込められた想いがある。
心に甘く優しく、時にはズドンと重く、さらにグサリと鋭く突き刺さる。
そんな心踊る物語を読むのが、一番の楽しみだった。
私の灰色の世界を彩ってくれた。
文字の一つ一つが、24色パレットの様だった。
美しく、綺麗で。時には穢れ、醜くくて。
どの文字も、表現も、作者も。等しく素晴らしいと思った。
だからある日、こう思った。
……その色の中に『私』も加わりたい、と。
***
部屋から出て、扉をパタンと閉めると、急に脱力感が襲ってきた。
ネバついた嫌な気分を振り払おうと、頭を横にブンブンと振る。しかし、変わらない。
「気分が優れないように見えますが、お水でもお持ちしましょうか?」
ズルズルと扉にもたれかかるように座り込んだ俺のすぐ近くに、メイドのシルヴィアさんが立っていた。
「……シルヴィアさん」
「はい?」
呼び掛けたは良いものの、何も思いつかず黙り込んでしまう。
それを彼女はおかしそうに笑う。
「す、すいません……」
「いえいえ。考え過ぎて出てこないことってありますものね?」
「シルヴィアさんも、そんな経験が?」
「あら? いくら私でも完全無欠のスーパーメイドではありませんよ? 人並みに思い悩んで、苦しんで、もがいてますよ。……それに、最後に笑顔でいられたなら、大金星ではないでしょうか?」
「……大金星って。少なくとも無傷ではいられないでしょう」
「無傷で無くても良いのです。“最後に笑う”ってところがミソですから」
「よく分かんないですね」
「経験の差って奴なのでしょうね。……私も深くは知りませんが、彼女には何か深い事情があるようなので、その辺りが今の状況を生み出しているのかも」
シルヴィアさんは急におかしなことを口走った。
「深い事情?」
「それが、ですね──────」
『オイ、もういいだろ。そうペラペラと人の過去を話すもんじゃない』
ドアの向こうで聞いていたらしい一姫が、シルヴィアを諌める。
「では、いつお話になるつもりですか? 彼はともかく、家主代行の私にすら詳細に話していないとは、少々問題アリ、ですね?」
シルヴィアさんは話をやめるつもりは無いらしい。
『……うるさいっ! 私にだって、話したくないことの一つや二つ──────」
「その一つや二つが、重大なのだと言っているのですよ」
シルヴィアさんの碧眼が、ドアをしっかりと見据えている。
それきりアイツは黙り込んで、一言も発さなくなってしまった。
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