エピローグ
霧が深かった。しかし、目的地である襲撃地点を、外彦の目は見通していた。百目鬼の力による索敵結果を、無線を通して味方へと伝えていく。
「敵、A地点からC地点に移動中。30秒後に接敵です」
「了解」
「了解」
「了解。引き続き索敵を続けろ」
「はい」
「……やあ外彦くん元気?」
突然目の前に現れた男に、外彦は冷たい眼差しを向けた。無線機を耳に当て、眼下に広がる倉庫街へと視線を戻す。
「おいおいひどいな。ただ君に聞いてみたいことがあって来たっていうのに」
「何の用ですか。手短かにお願いします」
「いやね、ちょっとした確認だよ。君……かつての君のように愛する人の幻影を見ていた人を切った感想はどうかなって思ってさ」
外彦の手は一瞬震えた。数秒沈黙が続いた後、外彦は雲上へと向き直った。
「そろそろはっきりさせておきたいんですけど」
「何かな?」
「あなた、初対面の僕に嘘をつきましたよね」
彼があんなこと――降姫が実在しているような言動をしなければ、ことはあんな複雑なことにならなかったはずなのだ。雲上は人型の顔をにこりと微笑ませた。
「そうだね。それがどうかしたの?」
あっけらかんと言う雲上を外彦は睨みつける。
「鬼切は犬崎隊長が誤認を説明していたので納得できてる。だけどジョロウグモに僕の幻覚の件は筒抜けだったのはどうして?」
「さあ、どうしてだろうね」
「あなたが吹き込んだんじゃないですか。
雲上は一瞬固まった後、にたりと笑みを深めた。
「もしそれが本当だったとしてどうして君は僕を逮捕しないんだい?」
「証拠がありませんから。下手につついて逃げられるのも癪です」
「ふふ、癪。癪ときたか!」
雲上は心底おかしそうに声を上げて笑い始めた。十数秒の後、雲上は急に笑うのをやめると、にまにまとした顔はそのままに、外彦に顔を寄せてきた。
「街は生きていなきゃいけないんだ」
どこかで聞いたような文句を、雲上は口にする。
「鬼というものは混乱の中にあってこそ、鬼でいられるんだよ」
「……だからジョロウグモを使って事件を起こすと?」
「さあね?」
それだけを確認すると、雲上は顔を黒い霧にした。顔だけではない。体中、その服すらも霧へと覆い隠されていく。
「じゃあね外彦くん。また会おう!」
瞬きをする間に。雲上の姿は霧の中に溶け込んでいった。と同時に、無線機が鳴り響き、援軍を求める声が響く。
外彦は無線機を腰に下げると、高台から倉庫街目がけて飛び降りる。
「行こう、降姫」
ぶわりと、彼の周囲に無数の目が現れる。しかしその異形は、霧煙る夜の街へとあっという間に消えていった。
夜煙る街のデモンズピース 黄鱗きいろ @cradleofdragon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます