Who saw him die?

第1話







「お聞きになりましたか?」


「何がです?」


「アンカーストレム伯爵の噂ですよ」


「何ですって?」


「おや、お聞きでない?耳が早いあなたには、めずらしいことですな」


「もう、もったいぶらずに、早く教えてくださいな」


「それがーー…。今を時めくあのお方、実は、もとは貴族の家柄ではないとか」


「…まさか!そんなこと、あるわけないじゃありませんか」


「そうですよ。では、なぜ伯爵領をお持ちに?」


「いやいや、それが、実際の話らしいのですよ。なんでも、アンカーストレム様は、陛下がお取り立てになられたんだとか」


「もとは平民のお生まれだったのを、陛下のお知り合いの、ある、やんごとなきお方の養子になられて…と。ま、あくまでも噂ですがね」


「まぁ!」


「いや、でもあり得る話ですよ。実は私、アンカーストレム様ご自身が、宮廷政治には慣れないと仰っているのを聞きましてね。そのとき、『自分は、そうではないから』と笑って、言っておられたのですよ」


「わたくしも、見ましたわ!陛下はそのとき、『そんなことを言うものではない』と笑って諌めておられましたね」


「ええ、確かに」


「…それでは」


「ええ、きっと間違いないでしょうね」


「なんと、まぁ…。なんだか、ずいぶんと羨ましいお話ですな」


「本当に。私など、陛下に一言、お言葉をいただくのにも苦労しているというのに」


「全くですわ」


「今度生まれ変わるなら、ぜひとも高貴なお方の幼なじみに生まれたいものです」


「はっはっはっ。それは、いい」


「…あら。一生、そのお方のご機嫌取りなんて、つまらないですわ」


「いやはや、仰る通り。アンカーストレム様も大変だ。陛下はご気性が荒くていらっしゃるから」


「いやいや、私はそれでもアンカーストレム様が羨ましい。陛下は、わたくしのことなど歯牙にもかけてくださらない。陛下がお心をお許しになっているのは、アンカーストレム様だけなのでしょう」


「私だって、アンカーストレム様のように陛下と幼なじみで生まれていたら、と思いますよ。能力などなくても取り立てていただける。あの若さで大した実績もなく、元帥さまだ。しかも、もとは平民のお生まれだ、なんて」


「羨ましいを通り越して、呆れますね」


「いや、全く。人生とは、不公平なものですなぁ」


「本当に」 



さんざめく笑い声。つまらない、噂話。





舞踏会の合間。

宮殿のテラスにもたれかかり一人酒を飲んでいたのに、否応なしに声は届いた。

それがこんなにも自分をうんざりさせるのは、そのほとんどに覚えがあるからだ。


確かに、俺には何の能力もない。それなのに、元帥だ。ましてや、貴族の生れですらない。



最近、よく思う。

俺は本当にこんなことを望んでいるのか?、と。



…いや、そんなことを考えてはいけない。

考えるべきではないのだ。

貴族の身分も、軍隊という居場所も。すべてすべて、グスタフ、お前がくれたものだ。そうでなかったら、きっと俺はどこかでのたれ死んでいた。

お前が与えてくれたものは、あまりに大きく、俺に返せるようなものではない。


それならば。

それだから。

あぁ、グスタフ。俺には、お前だけだ。このどうしようもない世界で、それでもこの苦しみを捧げる価値があるのは、きっとお前だけなのだ。


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