第2話 夢の名残

 朝起きると、幼女が身体の上で寝ている。そんな事が有り得るのか。

 いや、実際に有り得た。

 ここに、その幼女がいるのだから。

 夢に出てきたサキュバスの少女と、背や体格はまるっきり違うものの、服装や羽、尻尾、髪等、似通った部分ばかり。

 まさか無関係ということはあるまい。

 それに、昨日はきちんと戸締りをして寝たはずだ。以前に、鍵を失くした事もない。

 なのに、なぜ、家の中にましてや、俺の身体の上に見知らぬ幼女がいるのか。

 起こして問い詰めたい所だが、あまりにも心地良さそうに眠っているものだから、起こす訳にもいかない。

 幸い、今日は休日。


(この子が起きるのを待って、それから話を聞くか。)


 天井のシミを数えて(毎週末、家中掃除をしているので1つも無かった。)、窓の外を通り過ぎる鳥を眺め(ハトや、カラス、スズメ、よく分からない小鳥だった。)、遥か上空を飛ぶ飛行機をようやく5機数えた頃。


「んっ…」


 ようやく起きた。

 くぁ、と小さな欠伸をして、目を擦り、顔を上げる。すると、幼女を見ていた俺と、極至近距離で目が合った。


「よう。よく寝てたな。」


「〜〜っ!!!」


 声にならない悲鳴を上げ、足元にあった毛布の中に潜ってしまった。


「おーい。」


 毛布の塊に声を掛ける。返事は無い。

 黒い尻尾だけが毛布の塊から出て、ゆらゆらと忙しなく動いていた。つん、とつつくと、掃除機のコードの様に、しゅぽっと仕舞われた。

 しばらくすると、もぞもぞと動き、目を伏せた顔だけが出てきた。


「……とって食べたりしない…?」


 初めて聞く幼女の声はとても澄んでいて、幼女の純真さが滲み出ているかのようだった。


「しない。」


 俺は即答した。


「……はりつけにしたりは…?」


「しないしない。」


 相当、俺の事を警戒している。幼女の目や声色から、怯えの色が見てとれる。

 少し、かたかたと震えている気もする。

 座っていたベッドを降りてしゃがみ、目線を合わせる。

 確か、家庭科で、幼児にはしゃがんで目を合わせて話すといい、と聞いた気がする。


「俺はキミを傷つけたりしないし、危険な目に遭わせる気も無い。だから、安心して。」


 少しぎこちないが、笑いかけて頭を撫でる。

 すると、顔を髪と同じピンクに染めて、毛布の中に戻ってしまった。


(え…照れてる?)


(正確には分からないが、こんな小さな子でも照れたりするものなのか?)


 これでは、話が進まないどころか、話が出来ない。

 構わずに、毛布の塊に話しかける。


「まずは自己紹介からしようか。俺は、鹿屋 怜。レイって呼んでくれ。」


 返事は無い。


「キミの名前を教えてくれるかな?」


 少しの時差を経て、返事が返ってくる。


「……タイニー。」


「タイニーか。いい名前だな。」


 やっぱり、少なくとも日本人では無かったみたいだ。


「名前で呼んでもいいか?」


 また、少しの時間差を置いて返事がくる。


「……うん。」


「分かった。なぁ、タイニーって…」


 そう言いかけた時。

 くぅ、と毛布の中から小さな音が。

 時計を見ると、2つの針が真上で重なりそうだった。かちりと動き、重なると同時に、街のチャイムが聞こえてきた。


「…お昼にするか。」


 いつの間にか出ていた尻尾がぴんと張り詰めた。

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サキュバスちゃんのいる日常 楠泰 ラー @Kusutai_Ra

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