第8話 祈り届かぬ世界の端っこ

 季節が冬から春に移ろい終わって、ようやくこの地にも聖獣の卵顕現の知らせが届いた。


 世界のことわりに反するある願いの元、この国にはその願いを叶え続ける聖獣様が顕現し続けている。


 聖獣様のお世話役として仕えておおよそ10年程。


 そのお役目も私で7代目だというのだから、この地の聖獣様は特殊な存在であると認識している。



 この地は遥か昔、それこそ彼の大国が世を統べていた頃からずっと同じ聖獣様によって守られている。


 初めは世界の端から切り崩そうとする魔獣の脅威から、後に厳しい自然環境や他国の脅威からもずっと守ってきてくだっさっている。


 通常は一つの願いを叶え終わった聖獣様はこの世からの影響を断つが、最初の願いが叶え終わっていないと判断された聖獣様はこの地に残り、願いを叶えて続けていると。


 一度、かの大国の用意した檻に捕らわれた聖獣様はこの世のあらゆるものを脅威と判断し、それら全てから守ろうとしてくださっているから、ずっと我らの願いを叶えてくださっているのだ、と。


 世話役として就くまではそれが真実だと疑うことはなかったが、世話役になってしばらくしてそれには少なくはない虚実が混じっていることを知った。



「聖獣様、願い主様。お加減伺いに参りました」


 そういって、堅牢な建物に一つだけ付いた扉に向かって声をかけ、中に入る。


 そこは窓が一つもなく、光量を絞った魔法の光が薄く照らすのみで全体的に薄暗い印象の部屋。そこにいるのは一羽の白い鳥の姿を形どった聖獣様とあらゆる延命処置を施された寝台に横たわる願い主様のお二方。


 この国の者たちは最初の願いによって現れた聖獣様に枷を着けて、留まらせているに過ぎないのだ。



 願い主様はこの国ができる前からこの地に住んでいた者たちの代表のようなことをしていた者らしい。ただ、その地に住んでいた者たちは人間の生の数代では足りない程の長命な種で、現在の森人族や空人族の遠い祖先となる原種で強い種族であったが、終わることなき異界の狭間から溢れる魔獣の侵攻に聖獣様を願ってしまったことが現在の始まり。


 同じく魔獣の脅威に怯え、惑っていた、現在のこの国の者たちが願い主様の元へくだって守ってくれるように願い出た。


 受け入れた願い主様とその地の者たちがそれを一時的な措置と考えていたのに対して、永遠の安住の地を得たと勘違いした者たちの間に軋轢が生じるのは自然なことであった。


 願い主様方は聖獣はいずれ去っていく仮初かりそめのチカラと考えていたし、そのチカラ目当てなのであれば、今のような関係も一時的なものと考えた。


 ようやく安住の地を得たと思っていた者たちは、自分たちがこんなに安寧を願っているのだから聖獣がこの願いを叶えないはずがないと。聖獣は強い願いに逆らえないと考えていた。


 願い主様達はその長い生で、聖獣とは基本的に顕現元となった願い主に対してのみ願いを叶えようとする存在であることを知っていたし、願い主様自身も現在の脅威が一時的にでも退けられれば強い願いを抱き続けることは不可能であることを感じていた。


 そして、ひそかに悲劇は起きた。


 もう、間もなく魔獣の脅威を退けるというその時に、願い主様にある悪魔の薬が使われた。


 永遠に悪夢を見続ける薬。


 そうしてこの国は夢の中かりそめの脅威から永遠に聖獣様に守られる国となった。


 願い主様は悪夢を夢と知らぬために聖獣様に願うことは叶わず、聖獣様は実直に願いを叶え続けるのみ。



 どうか私の願いを叶えないでください。


 きっと私の願いはこの国を亡ぼす願い。


 どうか、かの地に現れた聖獣様は無事に願いを叶え果たしますように。


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聖なる卵 ちょぴん @chopin_cochopin

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