第7話 集まらぬ記録

 前回の聖獣様の卵が現れたのが、姉が生まれた少し後だと聞いた気がする。


 となると、もう少し奥の棚になるか。


 自分は今、宰相閣下より仰せ仕った指示により聖獣様の卵及び孵化までの記録を集めているのだが、これが一向に進まない。


 というのも、この世界では何かあれば聖獣様が誕生せしめては、その国または相手国にある記録もろともぶっ飛ばし、更地に還すこと幾千万だからだ。


 各国で地方や他国に記録の消失を防ぐために複製を置くようにしたものの、それでも万全ではない。なんでもかんでも複製を作るわけにもいかず、機密文書なんておいそれと外に出すこともできない。


 ここだってこの国一番の文書保管庫のはずなのに、50年くらい前に暴風狼の群れに襲われたうち国の聖獣様がきれいさっぱりやり返してくださったらしく、一緒に記録やらなんやらも一緒に無に帰してしまったとのこと。


「これは他国から取り寄せるしかないかな…」


 かつての聖獣様の所業に恨めしさを感じながらも、ここで集められるだけ集めて、それを以って宰相閣下にご判断いただこうと決め、作業を続ける。




 しかし、この度新たに現れた聖獣様の卵は、かつてあの大国があった跡地を我が国が所領とした地に顕現したと聞いている。


 かつての大国は大変技術が進んでいたらしく、あの魔法の使えない地でさえ自由に空飛ぶ船で行きかい、常春の籠の中で暮らしていたという。


 聖獣を自らの手で作り出そうとして、災厄を作り出してしまい滅亡してしまったと物語では語っているが、国を滅亡させて更地に還した所業を聞く限りそれはもう聖獣様と変わらないなとも思う。


 その姿が黒いから?


 でも実際に見たヤツなんていないんだろ?


 なんていったって広大な土地に広がる大国を一瞬で消してしまったんだ。


 昔から、この物語を聞いて「かの国は聖獣を作り出すことに成功したんじゃないか?」と思い続けてきた。後世の人間たちが同じ道を辿らないように失敗したと伝えているだけなのではないかと。


 そもそも聖獣様について分かっていることは非常に少ない。


 卵については傷つけることはできず、顕現した場所から動かすこともできないということのみ。


 聖獣様に至っては共通している色と消え方くらいが分かっているくらいで、それ以外に共通するものはなく、在り様も願いの叶え方も一様ではない。


 現在、この世界にいる聖獣様はお二方のみ。


 願いを叶え終えた聖獣様は消えてしまうため、まだ願いを叶え終えていない聖獣様がお二方残っているということになる。いずれの聖獣様も保管庫に記録が残されていないくらい前から顕現しているという。


 かつて我が国にいた記録保管庫をぶっ飛ばしせしめた聖獣様は、魔獣の大規模侵攻に一般兵として立ち向かうことになった薬師をしていた男の願いに応える形で顕現された。


 そして、途切れることなく現れる魔獣の波を一掃した後、消えてしまった。


 その薬師の男は魔獣の進行を退けた英雄であったが、同時に国土に甚大な被害をもたらしたと犯罪者のような扱いを受け、いつの間にかこの国を去っていた。


 この保管庫に残された聖獣様の記録で最も古い記録がそれだというのだから、痛惜の念を禁じ得ない。



 さて、結局集められた記録はこの保管庫に残された一番古い聖獣様の記録と一番新しい聖獣様の記録のみであった。


 此度の卵から生まれ出でる聖獣様が一掃攻撃が得意でないことを祈って、3重壁の箱部屋から集めた資料を持って出る。

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