第6話 慣れない仕事

 町の東にある関所にて次から次へ来る旅の人への入場申請手続きを済ませる。


 午後の分の申請手続きもようやく終わりが見えてきた。


 隣で同じ仕事をしている10歳は年下のお嬢さんの列にはまだまだ終わりなく人が並んでいるが、それは仕事が捌けないからではない。同じ手続きをするなら多少並んでもお嬢さんにしてもらいたいって気持ち、おっさんはすごくわかる。自分だって並ぶ、と思う。


 まぁ、大変なのは分かるから一応「急ぎの方はこちらの列で手続きいたします」なんて言ってみるものの、そんな言葉で動くヤツなんて最初からその列に並んでないって話だよな。


 なんで、こんなことやってんのか自分でもよく分かっていない。


「おいらぁ、ただの木こりだったんだがなぁ…」


 ことの始まりは100日くらい前だったか、いきなり寒さが厳しくなって家にあるありったけの布団を出して眠りについた翌日、布団の中であの大きな揺れを体験した。一人暮らしの男の家なんて碌に掃除もしないもんだから、仕事道具やらベッドの足元の棚に放り投げたまんまにして寝ちまったから、あの揺れで落っこちてさ。足の上に。


 幸い、布団が緩衝材になって最悪の事態は避けられた。けど、木こりの仕事はしばらく休むことになった。町の片づけやらも手伝えず、噂の聖獣様の卵も見に行けず、申し訳ない気持ちで家に引きこもっていたんだが、お隣の飲み仲間の雑貨屋が心配して見舞いに何度か来てくれた。


 何回目かの見舞いのときに、雑貨屋の娘が働いている役所が大変なことになっているという話を聞いた。


 なんでも急激に増えた旅人の対応に追われて関所の入場審査が時間内に終わらないという。毎日時間外労働で家に帰ってくるのが夜遅くなっているそうだ。


 で、「お前、関所に座って審査の手伝いならできるんじゃないのか」と。


 そういうことで、今、おいらはこんなとこでお嬢さんの手伝いをさせてもらっている。


 しかし、こんなので役に立ってんのかねぇ。


 申請の7割はお嬢さんの方がやっているし、自分は書類をもらって犯罪歴を調べて、入場料金をもらうだけ。最終チェックは全部お嬢さんだし、その日の報告書を書くのも全部お嬢さんだ。


 もうあの時の怪我は大分前に治っているし、木こりの仕事の方がやっぱり向いていると思うんだけど、仕事終わりにお嬢さんに毎回「お疲れさまでした」と言ってもらうためだけに未だに慣れない仕事を続けている。


 まぁ、こんなこと卵が孵ってしまえば終わるだろうとのことなので、もうしばらく関所に通う日々を続けてみようと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る