猫の魔法使い Another ~魔法猫の遺した物~

NEO

猫の遺したもの(完結)

 私は島の桟橋に立ち、海原を見つめていた。

「一番大事なの忘れてたね。なにせ、バタバタしてたから……」

 タンナケットから外した首輪を握り、私は苦笑した。

 ちなみに、あの迷宮の物好きが勝手につけた物は、いつの間にか消えていた。

 遠くに生活物資を運んでくる定期船が見えた。

「さて、どのくらい怒られるかな……」

 私は苦笑してその船を見つめた。

 程なく桟橋に接岸した船から、血相を変えたジジイが飛び降りてきた。

「あの手紙は本当か!?」

 慌てるジジイに頷き、私は先頭を切って走った。

 すぐに家に到着すると、脇にあるタンナケットの墓を見せた。

「……な、なんと」

 ジジイは素早く杖を構えた。

「ストップ、ジジイがその魔法をこんな大っぴらな場所で使ったらシャレになりませんよ」

 やってきたミーナがジジイの杖を押さえた。

「これで私が何度助けられたか分かっているかね。一度や二度ではないのだぞ。体面など知った事か!!」

「やっと、ちゃんと眠る事が出来たんだよ。迷宮だって、みんなが寝てるのに全開で警戒しているようなヤツがだよ?」

 私の言葉にジジイが俯いた、

「それに、ただ生きているだけで相当な苦痛だったはずですよ。あんなアンバランスな状態では。そんな事、一切顔に出しませんでしたけどね。それが、タンナケットです。意地っ張りな馬鹿野郎の」

 ミーナが笑みを浮かべた。

「……私には弔う資格もないな」

「それが、あの馬鹿野郎が最後まで想っていたのがジジイなんだよ。だから、最後に全員引っ張り込んで大騒ぎして……弔いくらいいてやらないと、可哀想だぞ」

 ジジイは目頭を押さえた。

「……そうか。変な魔法は使わないと約束しよう。少し、一人にしてもらえないかな」

 私とミーナは頷き、家の中に入った。


「しっかし、おまえらも物好きだよな。こんなところで腐っててなにすんだよ?」

 私は家の中で適当に過ごしている連中に声を掛けた。

「まさか、タンナケットがただの変な猫だったなんて思わないよね。自己修復くらい余裕でしょ?」

 レインが笑った。

「んなわけねぇだろ。やったらさすがに怖いぜ」

「まあ、真面目な話、僕は冒険を追い求めていたわけじゃない。タンナケットを追いかけていただけだよ。あのマーリンすら超える史上最強の猫だぞ。興味が湧いて当然だと思うけど?」

 レインが笑みを浮かべた。

「ま、まあ、そういう考えもあるな……」

「逆にミーシャが留まっている方が疑問だよ。こういうことには、極めて淡泊だと思ったけど?」

 私は苦笑した。

「昔はね。前のパーティーが壊滅して、その中に好きな野郎がいて……ひでぇ死に様だったぜ。それを目の前で見てフラフラ街を一人で歩いていた時に、頼みもしねぇのに飛び込んで来たのがタンナケットだ。なんか必死になりやがってよ。あんなの普通近寄れねぇぞ、怖くてよ。なんだコイツって思ってたら、いつの間にかこうなってたのさ。今さらアイツなしでどこにもいけねぇよ。困ったモンだぜ」

 わたしは苦笑した。

「おい、なんかヤバい!!」

 ミーナが飛び込んできた。

 慌てて家を飛び出ると、ジジイが地面に倒れていた。

「な、なに!?」

「私に分かるわけないでしょ!?」

 ナターシャがジジイを見た。

「……どうも、タンナケットと何らかの魔法的な繋がりがあったようですね。調べなくても分かります。タンナケットが持っていた肉体を自ら破壊してしまうほどの生命力の一部を使い、ジジイの体を支えていたようです。この魔力のパターンはタンナケット。すなわち、タンナケットが自らこのジジイに生命力を分け与えていた事になります。これで、いきなり暴走した理由が分かりました。こんな事をしたら、ジジイになにかあればモロに影響されます。こういう理由で、莫大な生命力が必要になったため、タンナケット自らが崩壊する程にいきなり生命力が跳ね上がったのです。早くしないと、ジジイまで危険です」

 ナターシャは回復魔法を使った。

「……な、なに、ジジイを救うためにああなったってのか。自分をぶっ壊してまで、そうしようって」

「そうしないと気が済まなかったのでしょう。それでも足りなくてこの状態です。なんとしてでも助けないと、タンナケットが無駄死になってしまいます」

「私も!!」

 ミーナが回復魔法を使った。

「……なるほど、これは危険です。専門の魔法医に診せないと

「……そ、そんなもの、どこに」

 二人が回復魔法を使う中、カレンが多数の白衣軍団を連れてきた。

「……ジジイの体調が思わしくないのは有名だったのです。こんな事もあろうかと、船に同乗させておきました。急ぎましょう」

「……やるな」

 白衣軍団がジジイを取り囲み、一斉に呪文を唱え始めた。

「……高次合成回復魔法。さすが」

 ナターシャが呟いた。

「馬鹿野郎、最初からこうすればいいんだよ。なんで、テメェでやろうとするんだよ!!」

「ミーシャ、ハッキリいいます。ジジイの寿命はとっくに尽きていたのです。それに耐えきれずにやってしまったのが、タンナケットです。そのタンナケットがいなくなってしまった今、どれだけ努力しても無駄でしょう」

 ナターシャがため息を吐いた。

「じゃあ、無駄に死んじまったのかよ……」

「最大限の努力をした結果です。元より、ムチャをしていたのはタンナケットなのです。いずれは、こうなって然るべき事でした」

 あたしは地面に蹲った。

「ば、馬鹿野郎、何がしたかったんだよ。普通にやってりゃ、もっと遊べたのによ……」

 ジジイを取り囲んでいた白衣集団の一人が、首を横に振った。

「大至急搬送してください。人が人です。丁寧に!!」

 ナターシャが指示を出し、白衣軍団がジジイを運んでいった。

「……大騒ぎになりますね」

「知るか、あんなジジイ!!」

 声を掛けてきたカレンに怒鳴り返した。

「……飼い主に生命力を与える猫など、聞いたことがありません。タンナケットがそこまで大事にした相手です。悪く思わないように」

「思うよ、なんだよこの仕打ちはよ。他にも色々あるんだろ!!」

 カレンはため息を吐いた。

「……それはお話ししません。とにかく、落ち着いて下さい」

 カレンは頷いて離れていった。


「そう、タンナケットがね……らしいっていえばらしいよ。ミーシャにだって、なにかやっていたかもしれないよ」

 家の中に入り、レインが笑みを浮かべてきた。

「なんかってなんだよ。いなくなっちまったら関係ねぇだろうが。そっちの方が大事なんだよ!!」

 私はため息を吐いた。

「どうかな。あのタンナケットだぞ。どさくさに紛れてなにかやってるに決まってるんだ。最後に抱きかかえていたのはミーシャだ」

「だから、何かってなんだよ!!」

「ん?」

 ミーナが私を見て首を傾げた。

「なんじゃい!!」

「うん、ミーシャの全身をえげつないほど強力な結界が覆ってるんだ。しかも、器用なことに日常では全く干渉しない。危険でも迫ったときにえげつなく跳ね返すんじゃない。なんかよく分からないけど」

 レインが笑った。

「ほらね、やっぱり仕掛けてたでしょ。意識がヤバくたって、この位は平然とやるはずだから。今度は、ミーシャを守るつもりみたいだね」

「……だから、それがいらないんだって。欲しいものはこれじゃないんだって。どこまで馬鹿野郎なんだよ!!」

 ミーナが私の肩を叩いた。

「これも、タンナケットが遺したものだぞ。どうせなら、使ってやればいいって。結界専用機だけど!!」

 ミーナが杖を差し出した。

「どうでもいい、こんなもんいらん!!」

「いないものはいないんだって、私だって信じたくないんだぞ。でも、受け入れるしかないんだって」

 ミーナがいった時、杖全体が光った。

「……な、なに?」

「……か、怪奇現象!?」

「ん、この魔力パターンはタンナケットですよ!?」

 ナターシャが声を上げた。

「あ、あいつ、生きてるじゃねぇの!?」

「い、いや、それはない。ちゃんと確認した!?」

「うん、いくぞ」

 レインがスコップを手にした。

 私たちは全員でスコップを持ち、タンナケットの墓をほじくり返した。

「あ、あの野郎、絶対生きてるって!?」

「そ、そんなはずはないって!?」

 程なく、タンナケットが見えた。

 私は慌てて引っつかんで抱えた。

「こら、テメェ!!」

 しかし、タンナケットの目は閉じられたまま開かなかった。

「……」

「ほら、間違いないんだよ。なんで、あんな現象がおきたか……」

 ミーナがいった時、タンナケットが小さな笑みを浮かべた。

「馬鹿野郎、俺がそんな簡単にくたばると思ったか。まあ、さすがにもう無理だ。これが最後になるがな。お前ら楽しかったぜ。礼をいってなかったんで、気合いで持ちこたえたぞ。俺がいなくたって遊べるだろ。楽しくやってくれ。じゃあ、今度こそお別れだ」

 それきり、タンナケットは動かなくなった。

「ば、馬鹿野郎、なにすんだよ……」

 私はタンナケットを抱え、地面にへたり込んだ。

「……全くだね。余計なことしたね」

 レインが泣き出した。

「……」

 カレンが無言で地面に蹲った。

「……これに耐えるほど、神経太くないですよ」

 ナターシャが目から涙を流し始めた。

「……やってくれるよ」

 ミーナが俯いた。


「……これ、埋めるんだよね」

 私はため息をつき、穴のそこにタンナケットを置いた。

「……これほど嫌な作業はないね」

 レインが土をかけ始めた。

 ほかの面子は黙ってその作業を見守った。

 再び元通りになった墓を前に、ナターシャが鎮魂の舞いを踊った。

「これでおわりです。あとは、ゆっくりしましょう。ここでの生活も悪くないですから」

 ナターシャが笑みを浮かべた。


(猫の魔法使い 完全完結)

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