第22話 後始末は地獄絵図
グラさんは着替え終わった後、トキからもう脅威はないことを確認してから明日の仕込みをして寝ると部屋を出て行った。
孵化していない卵がまだあるから、脅威は残っているんだろうけど。
私は不思議と空腹は感じていなかった。
トキの自室の椅子に座り、今日起こった密度の高い出来事を思い出そうとしていると、トキの水晶宛にティンカーから報告が届いた。
トキは水晶越しに了解しましたと答え、少し待ってほしいと伝えた。
卵回収についてはマジックバッグに入ったらしいので、問題なくすみやかに大聖堂前にすべての卵を集めることができたらしい。
もう深夜だ。2時くらいなら……あちらの世界の残業で、たまにこの時間に帰宅していたからすごい残業だと思いながらも、眠気がすごいので今は3時くらいかもしれない。
「アヤちゃん、レイチェル起こしてきてもらってもいい?」
分かったと答えてレイチェルが休んでいる部屋まで足を運ぶ。
ノックをするが熟睡しているのか返事がない。
私は大聖堂内のどこでも入れる許可をもらっているらしいので、入る旨を伝え扉を開く。
「レイチェル、起きてー?」
扉を開いて声をかけるが起きる気配がない。
深夜だ、レイチェルが部屋に入ってから一時間程度しか経過していないが、熟睡しているのかもしれない。実のところ私もかなり眠い。
客間はどこも同じつくりなのか、勝手知ったる感じでベッドまで歩いた。
「ごめん、起きて、レイチェル……」
肩をゆすって起こそうとすると、レイチェルは寝返りを打って、私の腕を握った。
そして、そのまま布団の中にひっぱりこんだ。
お布団暖かい……じゃない!、危ない、このままでは寝てしまう。
「レイチェル、レイチェル、卵回収終わったから、次の策を実行するって!だから起きて!」
私は懸命に睡魔の誘惑に戦いながらレイチェルに訴えるが、レイチェルは私の頭を抱きしめた状態で胸元にホールドする。
まれにみる寝起きの悪さ、トキが起こしに来ていてもこうなのだろうか?
レイチェルがうめいた。私も呼吸がつらくてうめく。
「……ん?……アヤではないか?」
レイチェルががっちりと首に回した腕を解いたので息ができるようになった。
ゼイゼイと息を整えると、レイチェルが私の顔を覗き込んでくる。
「アヤが夜這いとは……」
「してません!」
思わず敬語でレイチェルに物申した。レイチェルが身を起こしてあくびをする。
「アヤならいつでも大歓迎だがのう」
なんて?と言いそうになったが、レイチェルが身なりを整え、ベッドから降りる。
杖をついて、集中するしぐさを見せ、「8割程度か」とつぶやく。
「さて、片付けたら二度寝かのう……大神官殿のところへ行けばいいのか?」
杖をつき、黒いドレスを身に着け背筋を伸ばしたレイチェルと先ほどの寝ぼけているレイチェルが一致しないが、私はベッドの上で頷いた。
レイチェルが外に出ると、トキが部屋の外で待っていた。
「レイチェル、完全魔力回復でない状態で申し訳ありませんが、卵の始末でご協力お願いします」
「うむ、8割程度回復したが、極大魔法が必要かの?」
「極大魔法は負担が大きすぎます、最小限で済む方法を考えました。今回の戦闘補助で私のレベルも上がったようなので、聖堂前の広場程度は移動できます」
「それはよかったな、いつまでも鳥かごに閉じ込められたままなのも不憫じゃからのう」
レイチェルが聖堂の外へと出ていく。
「寝起き大丈夫だった?」
トキがひそっと耳打ちしてきた。知っていてレイチェルの元に私を送ったのか、と思ったが、知っていたなら、レイチェルのあの抱擁を以前受けていたのかと私は眉をしかめる。
「大丈夫」
短く答えて私も大聖堂を出た。
睡眠不足はよくない、普段なら流すことに苛立ちを覚えてしまう、これが終わったら私もゆっくり眠ろう。
「大神官様……外に出て大丈夫なんですか?」
ティンカーが瞬く、エスカとセリティアも驚いたようにトキの姿を凝視していた。
「先ほどの闘いでレベルが上がり行動範囲が広がりました、このあたりまでは大丈夫です、さてと……」
トキが周囲を見回す。
大聖堂前に置かれた30個以上の卵を改めてじっくり見ると、かなり気持ち悪い。
たいまつの明りで卵に赤い色が照り返し、より一層物々しい雰囲気を醸し出していた。
「全部ありますね、では、増幅用魔法陣を設置します」
トキが詠唱をはじめると、発光し、地面に魔法陣が浮き出た。
「卵が魔法陣からはみ出ているのがあるな……」
「これか?」
エスカが軽々と卵を抱えて、魔法陣の中に卵を放り投げる。
「ありがとうございます、あ、この辺りは、ちょっと開けておきましょうか」
トキが卵を持とうとすると、エスカが駆け寄って手早く卵を別の場所へと寄せる。ティンカーも卵を積み上げる作業に加わる。
大金づちで叩いても壊れなかった卵だ、かなり乱暴に投げても割れない。
あっという間に卵の小山ができた。
「では、まず、呪いの発動条件の確認のため、今から取り出す建物の中に三個ほどこれを放り込んでもらえますか?」
トキが喋りながらマジックバッグから何か取り出した。
開いたスペースに小さな木造の小屋が現れ、その扉をトキが開く。
中には何もない。本当に家だけだ。
エスカが一つ卵を持つ、ティンカーが卵を一つ持つ、セリティアが持ち上げられないでいるので、私が駆け寄って卵を持つことにした。
思った以上にずっしりと重い。これにあのゾンビが入っているのかと思うと、今は孵化しないでよと祈るしかない。
「魔法職は腕力足りないから仕方ないんだよねー」
ティンカーがセリティアを見て笑うと、セリティアが「適材適所という言葉をご存知ないのですか?」と言ってそっぽを向いた。
「小屋に入れるタイミングは同時か?」
エスカが確認すると、トキは頷く。
「一個ずつでもよいです。小屋の中を見ることができる者が孵化を確認したら、レイチェル……火魔法をこの小屋に放っていただけますか?」
レイチェルが瞬く。
「最大火魔法か?」
「最小でも可能でしょう」
肩透かしを食らったように、レイチェルが考え込んでいたが、短く了解の返事が響いた。
言われた通りに私たちは、トキが準備した小屋の中に卵を放り投げはじめた。
エスカ、ティンカーがスムーズに卵を投げ込んで、奥の壁に突き当たる、私が投げ込んだ卵は、中央に転がってよく見えた。
家屋の中に転がりんだ卵は、今まで大金づちでたたいても、乱暴に扱ってもひび一つ入らなかったのに、転がるのを止めたとたん、大きなヒビが入るのが見えた。
ただ、暗すぎる深夜、たいまつの明りのみが頼りだからか、その様変わりに反応したのはスカウト職についている私とティンカーだけで、あとはかすかに割れる音にみんな警戒していた。
トキだけ微動だにしていない。
卵の殻が落ちる、枯れた腕がぬうっと暗闇の中から現れた。
「殻が割れ、ウィザードゾンビの腕を確認!」
ティンカーが手短に伝えると、レイチェルが詠唱を始める。エスカとセリティアが身構える。
レイチェルの杖先から炎がほとばしる。
火球は小屋めがけて放たれ、そして、みるみるうちに小屋が燃えた。
小屋の中から複数のうめき声が聞こえてきた。魔物の声だが、しわがれた老人のようなうめき声に聞こえた。
ウィザードゾンビが這いつくばって家から出てくる。
体に火がついていて、今にも燃え崩れそうだ。
しかし、家から出た瞬間、地面の魔法陣に触れ、ウィザードゾンビが悲鳴を上げ倒れたまま動きを止めた。
「アンデットに効く火魔法とこの家の自動発動する聖魔法の二発分を受けることになるため、予想通り孵化した瞬間倒せましたね……やはり、家屋の中に入った瞬間孵化する条件の呪いだったようです……ということで、とりあえず……」
トキが燃え盛る小屋を背にして、笑顔で私たちに言い放った。
「ここにある卵を小屋が燃えている間にすべて放り込みましょう!」
小屋の中からゾンビたちの悲鳴が途絶えたが、投げ込むたびにこの悲鳴を聞くのか。
地獄絵図すぎる……と思いながらも、私たちは卵を燃え盛る小屋に入れて、嫌な悲鳴を聞きながら作業を行うことにした。
戦わずして勝てるならそれに越したことはないと言い聞かせて。
ただ、何度も魔物の断末魔を聞くと頭がどうにかなりそうな気がする。
セリティアなんか、いくら魔物と言えども、こんなやりかたありえましてと呻いて、大聖堂前でひたすら祈りを繰り返している。
その気持ち、今だけすごくわかる。
レイチェルが自分の天窓付き別荘を使うのでそれに同じような魔法をかけて、極大魔法を使わせろと申し出た時は地獄に仏が現れたと思った。
トキははじめ、極大魔法を使うには相当の消耗がとレイチェルをなだめようとしたが、こんな断末魔を夜通し聞かされて快適な二度寝ができるとでも思うのかとレイチェルに言われたので、多数決でレイチェルの案に乗ることにした。
トキの小屋が燃え切った後、エスカが、燃え残りの柱を抜刀して斬り分散させ、蹴り飛ばして空き地を作った。
レイチェルがその場所に天窓付きの立派な家を出した。今からこれ燃やすの、もったいなさすぎるんだけど、本当にいいのかと聞いても、ほかにまだ別荘はある、構わんと太っ腹な返答をした。
ティンカーが残りの卵をマジックバッグ経由で持ち運び、天窓まで駆け上ってバラバラと卵を落としていく。
天窓からウィザードゾンビの孵化を確認してティンカーが天窓を閉じ、屋根から降りる。
レイチェルがそれを確認し、トキが増幅魔法陣を出した後、詠唱、極大魔法を放った。
雷でも落ちたような轟音がして、別荘は一瞬で跡形もなくなった。ウィザードゾンビもろとも。
「終わったのう……」
レイチェルが疲れたように、あくびをした。
「……はい、すべて片付きました、ありがとうございます、もう避難解除しても大丈夫でしょう」
トキの言葉を聞いたとたん、レイチェルを除いた全員がその場にへたりこんだ。
セリティアは始終跪いたまま、お祈りをしていたけど。
長い長い夜だった、どっと疲れと眠気が襲ってくる。
「避難解除は明日でいいかなー、建物を元に戻してからじゃないと呼び戻せないし」
「そこは各マスターのご判断にお任せします、お疲れ様でした」
その言葉を聞いたセリティアがすたすたと歩き始めた。
「教会に戻りますわ……私も朝になってから建物を元に戻して避難解除いたします、ではお先に失礼いたします」
セリティアがたいまつを手に取って、町中を歩いていく。
「一応、セリティアを護衛するよ」
エスカもたいまつを手にとってセリティアの後を追う。
「わしも帰ろうかのう」
非常に眠そうな顔でレイチェルがいうと、ティンカーがレイチェルの顔を覗き込む。
「魔力もうないんでしょ?転生者用の客間に泊めてもらった方がよくないー?」
「自分の寝床のほうが落ち着くからのう」
「じゃ、途中までついていくよー、ウィザードゾンビ一体くらいならどうにかなるなるー」
「頼もしい限りじゃ」
レイチェルとティンカーも街へ歩き始めた。レイチェルの杖に火がともってたいまつ代わりになる。
全員がその場から去ってから、トキは肩を落とした。
「極大魔法使うとものすごい疲労が来るから、最小限の火力で複数の魔物を始末できるいい方法だと思ったんだけどなぁ……」
レイチェルに極大魔法を結局使わせてしまったことを後悔している様子だ。
「ねえ、アヤちゃん、卵を投げるだけで敵を倒せる状態作るとか、考えた俺って、結構すごかったと思うんだけど、そうでもなかった?」
自分の案が自分以外の人間に受け入れられなかったことを落ち込んでいるのだろう。
「すごい、とは思うけど、それ以上に、むごいよ……私が戦闘に慣れていないからかもしれないけど」
正直、燃え盛る小屋の前で、今から魔物を生きたまま焼こうと笑顔で言っている大神官って倫理的に大丈夫なのか?という気持ちが湧き上がる。
「……そうか…戦い慣れると麻痺してくるから、マスター達はわかってくれると思ったんだけどな……」
トキが遠い目をしている。
もう遅いし、早く自室で休んだらどうかと言って大聖堂に戻ることを勧めると、トキは肩を落としたまま大聖堂内に入っていった。
私も、大聖堂に入り間借りしている転生者用の部屋に入った。
お風呂に入りたかったが、疲れた足取りでベッドに体を預けたら、そのまま眠りに落ちてしまった。
異世界で再開した幼馴染が偉すぎたので、アサシン目指すしかない ゲレゲレ @geregerew
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