第21話 性癖に素直な服
大聖堂内の転生者用客間にレイチェルが案内された。
魔力回復のため、しばらく休んでもらうらしい。
自分のねぐらのほうが良いのだがと言いながらも、案内された部屋に入ったっきり出てくる様子はない。
私はトキに呼ばれてトキの自室に足を運ぶ。
扉を開けて、何か足りないと思った。
グラさんの姿が見当たらない。
「グラさんは?町?」
私の言葉にトキが驚いたような表情で答える。
「変装してたのによく気づいたね?」
「グラさんから話しかけてきたから」
私の答えを聞いて、トキは苦笑した。
「グラさんってば……まあいいか、アヤちゃんは知ってるから。町中で魔物が複数いたら倒してもらうようお願いしたんだ。主職業マスターの皆でも勝てるだろうけど範囲魔法がない限り複数相手に囲まれたら厄介だし……」
トキが喋りながら鞄から様々な衣類を取り出して、確認していた。
女性物の服が多い気がする。
「幻惑耐性付き防具をあげるよ。ファイターが鎧装備が基本で、スカウトが軽装備基本だから兼用できるの少ないんだよね、クレリックとメイジも兼用できるけど魔法習得はまだ先のことだろうし。……ということを踏まえて以前作った服があったんだよ、これ!」
トキが出した衣類は、何故かチャイナドレスだった。
「女性限定だけど全職装備。結構前に作った服で耐性効果がどれだけつけられるか実験した物なんだよ!。女性向きだから俺は装備できないけどうまくできたからどのくらいの値でいつ売るか考えてたら魔人討伐終えてしまって。耐性付き防具の値が高いって理由でなかなか売れなくて。幻惑、眠り、即死、魔法封じ。靴には毒。手袋には相手に攻撃した時、運が良ければ相手がしびれる効果あり!。どう、すごいでしょ!」
まくしたてるように言い切ると、トキは胸を張った。
私はその服を手に取る、素材はわからないが、やけに手触りがよい。
「すごい……これ、すごいスリットなんだけど、下の装備は?」
着なくてもわかる、太ももが見えるスリットが入っている。このチャイナ服。
「………やっぱり、下の装備ほしい?」
「あたりまえでしょ!」
これを着て屋根なんか飛び移った日には下着が丸見えだろう。
「セット装備効果で、手袋、靴、上下セットの装備で素早さと力も増すんだけど…?」
このセットで素早さと力が増すならと割り切れる人はいいが、私はまだ割り切れない。
割り切れないから私は弱いのかもしれない、が、まだ無理だ。
「……そっか、気乗りしないなら仕方ないよね……」
トキがしょんぼりと肩を落としている。譲ってくれるものに大してこの対応はなかったと私も思い反省したが、トキはしょんぼりしながらも無言でストッキングとタイツを渡してきたので、こちらの対応を反省する必要はないのかもしれない。
あとでズボンを買おうと思いながら、お礼を言ってストッキングとタイツも受け取った。
「そのうち頭装備もつけたほうがいいと思うけど。まだこっちには装飾品関係の職人がいなかったり、生活必需品以外の輸入がまだないから……俺、そっち系の装備で使えるの持ってなくてごめんね……?」
「いや、服だけで充分……これ作ったのって本当……すごいね」
チャイナドレスはよく見ると、細かい美麗な刺繍がほどこされていた。
これを縫っていたのか。平和になるまえの、アサシン時代から……。
……あれ?裁縫職人って最近嵌ってるとか言ってなかった?
トキの最近の感覚ちょっとおかしくなっている気がした。
手元の服を見ながら思う。
職人になりたくても、他国に行くしかないのだ。師匠をまず探す必要がある。
服を見ながら、心の中で引っかかっている事を、今後のことを考えて聞かないわけにはいかないと思い口を開いた。
「トキ、厄災の王について、聞いてもいい?」
別の衣類を片付けているトキの動作が止まった。
「魔王……それ以上は俺はわからないよ、魔人が言い残したことだし」
口元を指先で撫でて、左だけ引きつり笑いをした。
「……癖、昔のままだね、嘘つくと、こうする」
トキの動作を真似て、トキが、口元の指に気が付き「ははは」と空笑いをした。
「その話は色々片付いてからでもいい?アヤちゃんが魔王と戦うわけじゃないんだから」
確かに、今聞くことではないのかもしれない。だが、気にかかっていたのだから、今聞いておいたほうがいい。
「私、ウィザードゾンビが見せた幻惑の中でだけど、厄災の王って呼ばれ……」
トキが私の肩を両手で強く握った。
「幻惑!幻惑だから!!気のせいだから!!!」
「顔近!!」
「こちらの世界の人たちは、魔王がもしも弱ければ自ら狩ることに躊躇しない。だから、俺以外にそんなこと言ったらだめだ、誤解でも平和を盾にして処刑しかねないのはグラさんの件で分かるだろ?」
まじめな顔でトキが私を見つめている。
勢いに押されて私も頷くしかなかった。
それを見て安心したのか、トキも、自分の顔の距離が異常に近かったことに気付いて顔が赤く染まった。
唐突に扉を荒々しくノックする音が響いて、トキが私から離れ、舞うように席に着く。
「トキ坊、帰ったでー、入ってええかー?」
「っどうぞー!」
変なテンションだ。
グラさんが帰ってきた。黒装束姿で、先ほどの長身の姿だ。
明りがあるところで見ても、グラさんの前の姿と全然一致しない。
「あー、もうしんどかったわー、この姿」
ゴキゴキと言う音を立てて体が変形していく。
あっという間にいつものグラさんの体格に戻った。
変装じゃなくて肉体改造レベルだ。
人間にできる芸当なの?
アサシンになったときの変装ってこんななの?
スカウトで変装できるって言われていたけど、スカウトも変装解くときこんななの?
ティンカーもこんな感じで変装するの?
だめだ、想像力が追い付かない。
「お、トキ坊顔赤くして、風邪か?」
「そう、かもしれません」
「そら栄養のつく食べ物必要やな。土壌汚染も改善したし、ぼちぼち季節野菜も育ててもええかな……鮮度命の物はとれたてが一番……卵も生みたてが……」
グラさんが思い出したように手を打つ。
「…その前に報告や、卵から孵ってる魔物はゼロや。あとはマスターの嬢ちゃんたちが魔物入り卵を聖堂前に持ってきてくれるやろ」
「ありがとうございます」
「そうそう、そこの嬢ちゃんも今回お疲れちゃん。実践未経験であれだけ動ければ大したもんやわぁ、末恐ろしいなぁ。やっぱり転生者は成長早い早い」
グラさんの言葉は大げさでお世辞だろうと思うが、役に立たなかった自分の心が慰められた気がした。
「その服、トキ坊にもろたん?」
「え、はい」
私が手に持っているチャイナ服を見てグラさんが納得いったように頷く。
「なるほど、昔トキ坊が普通の夜の店に行きたがらん理由ようわかったわ、なるほど…足にしか反応せんのか…ちょっとはわかるが、昔馴染みに自分の趣味強要する内弁慶さは、わしでもどうかと思うで?」
「グラさんんん!!」
トキが、形容しがたい表情をして、両手で空をかいたが、それ以上何も言えずに机につっぷした。
トキに部位フェチ的な趣味があるとは知らなかったし、あまり知りたくはなかった気もするけど、これも含めてトキなのだろう。
この服に合うスパッツでも手に入れたら着ようと服をマジックバッグにしまい込んだ。
せっかく、耐性付き装備を譲ってくれたのだ、どうにかして着なくては。
もしかしたら、耐性つけるための装備でこれが適していたから作っただけかもしれないけど……今はとりあえず置いておこう。
「で、卵の後始末はどないするんや?」
グラさんが黒装束を脱ぎ始めたのでなぜここで着替えると思って視線を外したが、最も身を隠すには出入りを限定しているトキの部屋がうってつけだからか、と思い、話に聞き耳を立てる。
「ワイバーンの時と同じ方法で一掃できますよ」
トキが、まるで、簡単に掃除できるようなニュアンスで、さらりと言い放った。
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