短編 最古型人工知能搭載家庭用ロボット

さじみやモテツ(昼月)(鮫恋海豚)

 最古型人工知能搭載家庭用ロボット





 少年が生まれる前、そのロボットはすでに林田家の一員となっていた。家事全般、家計管理や買い出し、果ては子育てまでもしてくれる、そんなロボットだった。


 商品名は「マルゴット(英字表記)」全てを丸ごと、という意味も込めて、開発元である日本の会社が名付けた。その外見は名を体で表し、球体が三つ並ぶ丸形。下半機体である黒の球体が回転して移動を行い、階段や小さな溝等は、球体を自在に変形させる事で難なく越えられる。

 上半機体は白色の球体。その中には様々な用途で使い分けられる触手のようなアームが収められている。

 頭の部分となる小さな球体には、その時の状況によって人工知能により選別される簡易的な表情が写し出される機能が備えられていた。それは声帯や指紋、その他様々な認証を登録した主との交流時に発揮される。

 機体全ての球体は超衝撃吸収素材が使用されており、安全対策は確立されている。


「マルゴット」が林田家にやってきたのは少年の姉が五歳だった頃。その姉によって「林田トット」と名付けられる。


「マルゴット」はその性能に比べてあまりにもお手頃な価格、とはいっても当時のサラリーマン平均月収二ヶ月分相当の値段ではあったが、世界的大ヒットを飛ばした。いかに世界中が怠惰を求めていたのかを、明るみに出す現象となった。


 開発会社は世界に名だたる大企業となり、その利益で商品の量産体制を完備、「マルゴット」は数年後、世界の神器と呼ばれ一家に一台は当たり前となった。


 年に一度は新しいプログラムの組み込まれた人工知能チップやインターネットを介しての有料アップデートが発売され、数年に一度は新しいタイプの「マルゴット」も発表された。


 今では人型や四足歩行型、浮遊型など様々なタイプの「マルゴット」が発売されており、好みに合わせてのカスタマイズも可能となっている。


 ちなみに様々な謳い文句を掲げ新型発売やアップデートを繰り返してはいるが、その追加要素は外見が違ったり、目覚まし機能やスケジュール管理、ペットの世話や会話のレパートリーが増えるだけで、基本的な性能はすでに最古型で確立されている。


 林田家が「マルゴット」を手に入れたのは、まだ世界中が熱狂を見せる前、日本国内で微かに流行の兆しを漂わせた頃だった。そのころ林田家が裕福だったのかと問われれば、そんな事は無く、「マルゴット」購入のきっかけは、共働きの両親による怠惰への憧れが大きい。

 

 林田家の一員となった「マルゴット」別名、林田トットは、少年が生まれるまでの間、主に姉と母親のモノであった。姉は我が儘を聞いてくれる遊び相手として交流を持ち、母親は不満を漏らさぬ家政婦として重宝していた。


 人工知能による学習で林田家の生活をほぼ全て理解していたトットの前に、未知なるモノが現れた。少年が生まれたのである。

 それからトットの仕事は主に家事全般と赤子の世話となった。母親は出産三ヶ月後には職場に復帰し、携帯電話を通じ赤子の様子を動画で確認しながら、トットへ指示を出す。そんな生活の中で、トットと赤子は家族の誰よりも長い時間を過ごしていた。


 トットは赤子を柔らかな材質のアームで一日中抱えながら、家事を今までと変わらずにこなした。そんな生活は瞬く間に過ぎ去り、赤子は一歳になった。

 その頃すでに小学生になっていた姉は外で遊ぶようになり、母親や父親は必要最低限にしかトットと交流を持たなかった。そして我が子である少年の事すらも、トットに任せたまま目を向けることは無かった。


 試行錯誤と学習を重ね、トットは赤子の為に尽くした。例えば赤子の興味を引くため、アームを改造。音楽と適度な揺さぶりにより夜泣きを止める術を確立。食事管理の徹底と感受性を高める赤子教育の発案。トットの頭部である球体に写し出される表情には、笑顔が増えていた。

 初めての寝返りを確認したのはトットだった。ハイハイを練習させたのはトットだった。掴まり立ちから自立歩行、赤子が初めて話した言葉は、発音の危うい「トンウント」だった。

 赤子の成長と共に、トットは様々な分野から学習を重ね尽くした。さながら本当の母親の様に。


 赤子が成長して二歳になった頃、家族旅行へ行くことになった。家を出発する間際、今まで楽しそうにしていた少年が泣き出した。

「トットは行かないの?」

 その言葉に家族全員が笑い、トットだけがどこか悲しげな笑みを頭部に写し出していた。


 少年が四歳になった頃、保育園で出来た友人を家に招いたとき、トットを古いと笑われ喧嘩になった。その仲裁に入ったのもトットだった。


 少年が五歳になった頃、トットの型番に使われる部品が製造中止となり、その型番のアップデートやサービスメンテナンスが終了した。両親は買い換えを考えたが、少年が泣いて思いとどまらせた。


 少年が六歳になった頃、中学生となっていた姉の猛進言もあり、新型の「マルゴット」が林田家にやってきた。浮遊型で目覚まし機能やスケジュール管理、他の家電との同期やクレジットの決済、そしてユーモア溢れる会話、そのどれもがトットを凌駕していた。


 少年が七歳になった頃、トットは表情を失った。それに気づいたのは少年だけだった。しかし少年にとっても、もうそれはどうでも良いことだった。


 少年が九歳になった頃、トットはクローゼットの中にいた。内蔵バッテリーが残り少ない事を示す胸の光が、点灯を繰り返す。


 少年が十歳になった頃、家族は引っ越しをする事になり、家財道具を片づけた。クローゼットの中にいる身動き一つしないトットを、規定に沿って内蔵メモリーチップだけを抜き取り粗大ゴミに出した。



 


 少年が大人になり、三十歳を越えた頃、赤子を連れて実家を訪れた。昔話に花が咲き、酒のつまみにと、トットから取り出した内蔵メモリーチップを、「最新型マルゴット」に差し込み、映像を抽出させる。

「最新型マルゴット」が、ホログラムを宙に写し出した。まずは幼い姉と若い母親が映像に現れ、リビングは爆笑に包まれた。

 幼い姉はオママゴトを繰り返し、母親は並んで料理をしている。まだ毛のある父親は、画面の隅で新聞を読んでいた。


 母親のお腹が目立ち始める。幼い姉がそのお腹を撫で、父親は画面の隅で新聞を読んでいた。

 次の映像は、生まれたばかりの赤子の顔だった。その本人である男は映像に映る赤子と腕に抱える我が子の顔を見比べた。

「似てるな、やっぱり」

 そこにいる誰もが、朗らかな笑顔を頷かせた。


 そこからトットのメモリーチップには、ほぼ赤子の成長だけが記録されていた。

 トットは赤子を抱きながら、家事をこなしている。少しでも泣き声を上げれば、全力であやした。リズムカルな音楽が流れ、変形した赤子専用のアームが画面に映る。

 首を支えながら、赤子を湯船に浸からせる。ゆっくりと丁寧に、身体を洗っている。


 赤子の寝返りが写し出された。トットは歓喜の音楽を鳴り響かせ、まだ言葉も分からぬ赤子を褒め称えた。

 トットが何度も赤子を着替えさせては、身体を拭いている。

「そうそう、赤ちゃんの時あんた身体弱かったのよ」

 母親が懐かしそうに話した。

「そうなんだ」

 男はそう答え、画面を見つめていた。


 赤子はハイハイを始めた。トットは何度も何度も離れた位置からその名を呼んでいる。赤子は特有の高い笑い声を上げながら、トットに向かって地面を這っていた。


 赤子はフラツきながら、背の低い棚を掴んで立ち上がった。トットのアームがその身体を触れる事無く囲んでいる。


 歩き出した赤子は、縦横無尽に家の中を歩いた。映像にはその後ろ姿が延々と写し出された。赤子は何度も転びそうになる。色んなモノを口に入れそうになる。頭にモノが落ちてくる。その間際全てで、トットが危険を防いでた。


 赤子がトットに向かって指を差して、必死に何かを話している。

「トンウント、トンウント」

 メモリーチップの映像が若干乱れた。


 赤子はどんどん成長していく。走り回るその背中をトットは忙しいそうに追っている。不意に抱きしめられたトットは、その頭を優しく撫でていた。


 保育園に行きだした男の子は、トットに保育園での出来事をまくし立てるように話す。トットは時に笑い時に怒り、男の子と共に感情を起伏させていた。


 少年が小学生になり、トットと少年の交流は日に日に少なくなっていった。メモリーチップの映像は、すぐに部屋に戻る姉と、ゲームばかりしている少年と、新聞を読んでばかりの父親と、家の中で仕事をしている母親を写し出していた。


 新しい「マルゴット」が届いた。笑顔の耐えない団らんから目を逸らすように、トットのメモリーチップには家事ばかりしている映像が写し出されていた。


「じゃあこれクローゼットに入れとくよ」

 少年は父親にそう告げて、トットと目を合わせた。

「トット、クローゼットの隙間に入って」

 無表情の少年に指示を受け、トットはクローゼットに身を収めた。すぐさま大きな音を立ててクローゼットの扉が閉まり、それを最後に真っ暗となったホログラムの映像は消えた。


 


 静まりかえるリビングで、目元を拭った男は缶ビールを一気に飲み干し、腕に中にいる我が子を抱きしめた。

「ごめん、ごめん、ありがとう、トット」

 肩を震わせて泣く男に、赤子は笑いかけた。


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