蛇に足ありて

佐貫未来

第1話 いずくんぞ不老不死

 不老不死や不死身と聞いて、貴方は何が思い起こされるだろうか。老いず死なず永遠を生きることに対して、いささかの恐怖とほんの少しの期待と、結局のところ「御伽噺」でしかないことに残念に(安堵に)感じていることだろう。では、その「御伽噺」という枠組みの中で不老不死が成った世界を構築してみよう。 

 

 一人の不死身を不死者Aとする。このAは結論から言うと、死ぬ。矛盾しているようだが、やはり死ぬのだ。

 

 Aはどんな怪我でも一瞬で治癒し、齢20を過ぎたあたりから老化が止まり、見た目での変化は一切なくなるとする。

 A自身が他のヒトと異質な存在であると初めて気づいたのは、幼少の頃に自転車でこけたときである。ペダルを誤って踏み外した彼女(彼女と呼ぶことについては後述する)は、勢いがついたままアスファルトにひざと、同時にとっさに伸ばした右手の掌から落ちた。それは物心がついて初めて感じた痛みであった。


 ひざにはしびれるような鈍痛が、右手にはナイフで切ったような痛みを感じた。痛くて痛くて、立ち上がることもできずに泣いた。と、いったことは読者の誰もが経験したことのある出来事であるだろう。Aも最初はそうだった。しかし、実際にはその痛みはすぐにおさまり、ひざにも掌にもそんな事故の痕跡はなかった。正しくは無くなった。倒れた自転車のペダルはまだゆっくりと回っていた。

 

 痛みもなく怪我もない、なのになぜ自分が泣いているのかわからなくなった。しかし、自転車から落ちる時の恐怖と、落ちた瞬間の衝撃、ひざや掌を刺すアスファルトの感触を思い出して泣いた。ひとしきり泣いた後には、自転車を押して歩いて自分の家に帰った。

 

 彼女が母親にその事を話すと、母親はいたく彼女を心配した。

「怪我を見せてごらん。」と。

「怪我なんてないよ。」と白いひざを見せると、母は

「そう、よかった。でも痛かったのね。」

「うん、すごく痛かった。でもね、すぐに痛くなくなったんだよ。」

「そう、Aは我慢強いのね。」と。

 

 これは一見すると自然な会話であるが、双方の認識には決定的なズレが生じていることがわかる。Aはありのままを伝えているが、母親は大した事故(とも呼べないほど)じゃなかったと捉えている。このズレがAが感じた最初の違和感である。

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