トラウマ
妻の作った料理たちは、無垢材の白い二人掛けのダイニングテーブルに整然と並び、私たちの口に入る瞬間を今か今かと待ちわびているようだった。その中にニラの炒め物があるのを認め、私は少しだけ悲しい気持ちになった。私はニラを使った料理を見るたびに悲しい気持ちになるのだが、それは、幼いころの記憶に起因するものだった。
私の父は庭いじりが好きで、土を触っている時が一番落ち着く、というような人だったから、植栽に止まらず、家庭菜園にまで手を出すのは、当然のことだったのかもしれない。私が物心つく頃にはもう、庭には小さいながらも立派な畑があったのだ。そんなだったから、我が家の食卓には、それなりの頻度で、庭の野菜を使った料理が並んだ。
幼い頃の私は、この庭で採れるニラを使った、お浸しが大好物だった。あの濃い緑色に醤油の黒がすうっと吸い込まれていく様やら、歯が繊維を断ち切るあの小気味好い食感やら、鼻に抜ける独特の香りやらが、私をどうしようもなく幸せにしたのだ。
ある日のことだった。私は食卓に出たニラのお浸しを、いつも通り大喜びで大皿から取り分けた。それから適当な量を箸でつまみ上げ、口に運ぼうとしたのだが、その時、そこにニラとは違った、薄い緑色のものが混じっているのを認めたのだ。
それは、二センチメートルばかりの青虫だった。どうやら、ニラの葉についていたのを母が見落とし、そのまま一緒に茹で上げてしまったらしいのだ。その体を支えていただろう筋肉はすっかり弛緩し、その身を生前より心持長くして、青虫はぐったりとしていた。
私は決して虫が嫌いではなかった。むしろ、暇さえあれば庭に出て、ぴょんぴょん跳ね回るバッタやら、ぴかぴか光るコガネムシやらを大喜びで捕まえるような子供だった。にもかかわらず、いや、だからこそ、というべきか、私はそのぐったりとした青虫に対し、どうしようもない生理的嫌悪感を覚えた。
ニラの葉の上に横たわる青虫を見ながら、私はぼんやりと、これのせいでニラが食べられなくなったら嫌だな、というようなことを考えた。
それから先のことはもうよく覚えていない。
結局、私がニラを食べられなくなる、ということはなかった。だが、私は以前ほどニラを美味しいとは思わなくなっていた。
私は決して、ニラを恐れてはいない。ニラと一緒に青虫が出てくるなど、そうありはしないことだと理解しているし、また、仮に虫を口に入れてしまったとしても、それが毒虫でない限り、問題ないということも重々承知しているからだ。
だが、あの時感じたどうしようもない生理的嫌悪感は、そういった知識や意思などとは全く無関係の、私の無意識とでもいうべきところに、黒いしみのようにこびりついて、ニラの風味を濁らせるのだ。
私は以前と比べて味気なくなってしまったニラを噛みしめ、どうにもやるせない、残念な気持ちになるのだった。
よしなし 長月ゲン @gen_nagatsuki
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