道化
ある脚本家が、今際の際に最高の喜劇を書き上げた。それは実に短く、登場人物はたった一人で、セリフすらなかったが、過去に書かれたどんな喜劇よりも、そして、これから書かれるだろうどんな喜劇よりも滑稽だった。その喜劇を書き上げた直後、脚本家はその滑稽さのあまり大声で笑い始め、そして、笑ったまま死んでいった。それほどまでにその喜劇は滑稽だったのだ。
その喜劇は、大勢の人々に読まれた。脚本家の家族が読んで大笑い。劇場の支配人が読んで大笑い。役者たちが読んで大笑い。街の人々が読んで大笑い。そして、とある出版社の社長が読んで大笑いし、全世界に出版されることとなった。それほどまでにその劇は滑稽だったのだ。
その喜劇は、素晴らしい勢いで広まっていった。誰も彼もがその喜劇を読み、その滑稽さに大笑いした。一家に一冊は当たり前。一人に一冊でもまだ足りない。まさに大ベストセラーだ。今やその喜劇を知らない者は、世界中に一人たりとも居なかった。それほどまでにその喜劇は滑稽だったのだ。
しかし、その喜劇には、何かが足りなかった。そう、その喜劇を演じる者が居なかったのだ。より正確にいうのならば、その喜劇を演じられる者が居なかったのだ。何せその喜劇を読んだだけで笑ってしまうのだ。役者たちは皆笑い転げて、ろくに演じることができない。それほどまでにその喜劇は滑稽だったのだ。
そこに現れた一人の少年。なんとこの少年、何があっても決して笑わないのだ。テレビ局はもう大喜び。少年にその喜劇を覚えさせ、全世界同時生配信の運びとなった。少年は始終むっつりとして、その動きはどうにもぎこちなかったが、それでも世界中の人々は大笑い。それほどまでにその喜劇は滑稽だったのだ。
少年はやがて青年となり、大人となり、中年となった。未だに顔はむっつりとしていたが、その喜劇を演じる動きには磨きがかかっていた。中年は専用のチャンネルで朝晩その喜劇を演じ、世界中の人々がそれを見て大笑いした。もちろん視聴率は百パーセント。それほどまでにその喜劇は滑稽だったのだ。
中年はさらに歳をとり、老人となった。老人は、未だにむっつりとした顔で、朝晩その喜劇を演じていたが、もう体はすっかり弱り果て、その動きにかつての切れはなかった。それでも人々は、老人を見て大笑い。それほどまでにその喜劇は滑稽だったのだ。
ある日のこと。老人はその喜劇を演じている途中、ばたりと倒れ、そのままぽっくり逝ってしまった。葬式は盛大に執り行われ、世界中から人々が集まったが、その中に泣いている者は一人もなかった。老人のことを考えるたびに、その喜劇のことが頭をよぎり、大笑いしてしまうからだ。それほどまでにその喜劇は滑稽だったのだ。
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