蜂
窓枠の隅にへばり付いている揚羽蝶の蛹には、丸い穴がぽっかりと空いており、その中身がもう空っぽだということは、透かし見れば明らかだった。その蛹が伽藍堂になったのは、もう何か月も前のことだった。
その蛹から出てきたのは、蝶ではなく蜂だった。寄生蜂というやつらしい。それを見て、母は酷く気味悪がり、眉をひそめてすぐに目を逸らしたが、私はむしろ神秘的にすら感じて、ただ一心に眺め続けていた。
生まれ変わったのだ、と僕は思った。かつて蝶であったものは、今や蜂へと成り代わり、全く新たな命を謳歌している――。
それ以来、僕はこの奇妙な蜂たちにどうしようもなく魅了されているのだ。
枕元の本棚には、分厚い昆虫図鑑が置かれている。同じ箇所を繰り返し読んだせいで、その背にはすっかり癖がつき、目をつぶっていても寄生蜂の頁を開くことができるはずだったが、今はそれを読む気分ではなかった。
窓の外に見える冬空は、一面の鉛色だった。厚い雲のフィルターを通って、白く冷たく変質した日光は、ベッドに寝そべる僕へと降り注ぎ、もとより血の気の少ない肌を、死人のそれのように白々と染め上げる。室内はどこまでも無味乾燥に静まり返っていて、耳をすませば僕の心臓の鼓動が微かに聞こえるようだった。
まだ生きている、と僕は検品を行う作業員のように、無関心なやり方で自己の生存を確認した。僕の心は、凪いだ湖面のように閑寂としている。いや、もしかするとその湖は、冷たく凍り切っているだけなのかもしれない。
窓の下には、パイプ椅子が立てかけられており、そのアルミのフレームを冷たく光らせている。昨日、そのパイプ椅子に腰掛けて、子供のように泣きじゃくっていた母を思い出す。その泣き声が、未だに僕の脳内をこだましているようだった。
生かされているのだ、と僕はやるせなく思った。僕の心臓は、自律神経というやつに支配されていて、そこに僕の意思が介在する余地はない。僕の命は、僕のものではないのだ。
腕から伸びるカテーテルは、図鑑で見た、ある種の寄生蜂の産卵管のようだった。
――僕の心臓を糧にして、無数の蜂が羽化する。
ああ、それは素敵かもしれない、と独りごちた僕の声は、冷たいリノリウムの床に吸い込まれて行った。
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