AM04:00→AM05:00「Early morning」

彼女が車の窓から顔を出す。

「着替え、終わりました」

「そっか。ご苦労様でした」

「はい。それじゃ、富川さん。帰りましょう」

窓から見える彼女の顔は俯いて、哀しそうだった。無理もない。僕にとって、あの時間は最高だった。夢のようだった。それは彼女も同じだろう。

でも、いや、だからこそか。


夢は、終わらせなければならない。


夢はいつか覚めるのだから。


「八嶋さん……」

僕の呼びかけに、はい、と答える声がした。

頭の片隅に置いてあった言葉を口に出そうとして、でも躊躇って口には出せず、口の中には苦い嫌な感覚だけが残った。

「……いや、何でもないよ」

そう言って、かぶりを振ることしか出来なかった。

車に乗り込み、静かにドアを閉めた。

「……富川さん」

「ん?」

「手を……繋いでも、良いですか?」

その言葉に少しドキッとして、彼女の横顔を伺った。唇を震わせて、僕の答えを今か今かと待っている様子だった。

その顔が可愛くて、つい返事無しで静かに手を握った。

「……っ!?」

八嶋さんが息を呑んで、握った手のひらを見る。僕はいやに恥ずかしくなって顔を背けた。


そうしてどれくらいの時が流れただろうか。

時刻は5時を回っていた。

「帰ろう」

「はい」

ゆっくりと、名残惜しさを感じながら僕らは手を離した。

キーを回してエンジンをかける。

アクセルを踏んで、車はゆっくりと海岸を離れていく。

サイドミラーには、薄花色のカーテンが揺らめいていた。


「あ、そうだ。八嶋さん、いつも読んでる本、今度貸してよ」

「え? 大丈夫ですけど、何が良いですか?」

「いつも同じじゃないのか」

「流石にそれは違いますよ」

八嶋さんが苦笑する。まぁ、言われてみればそんな気がするけど。

「そっかぁ。じゃあ、八嶋さんのオススメで」

「そうですね……。あっ、『Paradigm Shift』なんてどうです?」

「それって確か賞を取ってやつだよね。どんな話なの?」

「えーと、主人公の高校生の男の子が……」





夢が覚めて、それを回想する時間なんて一瞬だ。


現実の波に飲まれて、すぐに忘れ去ってしまうだろう。


彼女の日記から引用するなら。



ーーー今日も代わり映えのしない一日がやってくる。



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アーリー・モーニング こうやとうふ @kouyatouhu00

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