ヒトデナシヒトツヤネ
猫田芳仁
週に1度のお約束
僕は10歳の時、事故で両親を失った。
それから3年と少し。僕はおじさんと2人で暮らしている。
「おじさん、ただいま」
「おかえり。……なんや、えらい早ない?」
おじさんは関西弁だ。関西に長く住んでいて、うつってしまったのだと言っていた。本人曰く「エセ関西弁」とのことだが、僕には本物とどう違うのかいまいち分からない。いつかおじさんと一緒に本場に行ってみたいと思っている。
「今日からテスト期間」
「ああ、せや。忘れとったわ、ゴメン」
おじさんはばつが悪そうに笑って、読みかけの本にしおりを挟んだ。今日のおじさんはスーツを着ている。おじさんの仕事は家でするものなので、珍しい。外で打ち合わせをしてきたのかもしれない。
「俺、昼、これからやけど。しのぶちゃんも食べる?」
「食べる。何の予定?」
「なんも。あるもん食べよ、って思っとった。あるもんですぐできて……チャーハンでええかな」
「うん。ぼく、おじさんのチャーハン好き」
「つまりしのぶちゃんはこのメーカーから出てるチャーハンの素が好き」
「ふふ」
確かにそのチャーハンの素は好きな味だ。
でもネギとショウガとベーコンを刻んで炒めてご飯を入れてほぐして塩コショウで微調整しているのはおじさんだ。
だから「おじさんのチャーハン」が好き。
なんて、他愛ないことを考えているうちにチャーハンができたらしい。お皿に丸く盛り付けられた、いかにもチャーハンらしいチャーハン、2人前。
「おじさん、スーツで料理するのどうかと思うよ」
「上着は脱いだやん」
「シャツも、それ、汚したらクリーニングに出さなきゃいけないやつじゃないの?」
「そうなんかなぁ? わからんわぁ。とりあえず食べよ。腹減った」
「僕も」
「いただきます」
「いただきます」
今日もおじさんのチャーハンはおいしい。
テストでキリキリしていたおなかが休まるようだ。
さて。
このおじさんだが。
僕と血縁関係はない。要するに赤の他人である。
僕を引き取って育てているのも慈善事業ではない。僕は対価を支払って養ってもらっている。
その対価の支払いは、週に1度と決まっている。しかし、曜日指定まではない。例えば月曜日に支払ったら、翌週の日曜日に支払っても問題ない。支払いの曜日と、その日のいつに支払うかは僕の気分次第にできるのだ。
なので。
今、そんな気分なので。
フライパンとお皿を洗い終えたおじさんがリビングに戻ってくると、僕はおじさんによく見えるよう、もったいぶったやりかたで眼鏡をはずした。おじさんが「あれっ」という顔になる。
そう。これは、合図なのだ。
支払いしますよ、の。
「しのぶちゃん……その、大丈夫なん?」
「大丈夫って?」
「明日もテストやろ?」
「……だからあ。いつも言ってるじゃん。そのあと具合が悪くなったりしたことないって。おじさんは心配しすぎなの」
おじさんの肩をつかんで、押し下げて、無理やり椅子に座らせる。それでもって、僕はおじさんの膝に座る。勿論、対面でだ。
「なんでもないんだよ。だから……ね?」
学ランのボタンを外す。1個、2個、まだまだ。全部。
「……ええんやな」
「しつこいよ」
その下に着ていたTシャツもめくり上げた。
おじさんは目を伏せ、ため息をひとつ、ついた。
「そこまで言うなら、頂こか」
おじさんのあたたかい指先が僕の胸に触れる。
そのまま――沈み込む。
血は出ない。痛くもない。物理的に刺さっているわけではないから。少し探るような指の動きを内側で感じるけれど、いったいどんな部分がどうやって、僕にこの感覚を与えているのだろう。
しばらくして引き抜かれた手には、小ぶりなカップがのっかっていた。律義に木のへらが添えられたそれは、もはや見慣れた――アイスクリーム。
「ご馳走さん」
「また来週」
このアイスクリーム1個が僕の「1日分の寿命」であるらしい。
そう。信じがたいことだが。
僕はこの悪魔に、寿命を支払って養ってもらっている。
ヒトデナシヒトツヤネ 猫田芳仁 @CatYoshihito
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