De Historia Clade 人魚姫

田鼈宮守

【一節】異なる逸話の始まり

人魚:水中に生息するとされた伝説上の生き物


どこかの古い童話に一つの物語があった。


愛のために自らの犠牲を払い、それでも愛を求めた話。


愛と憎しみは表裏であり、愛するほどに憎しみも増すのだろう。


その結末の先に何があるのかは理の外である。


これは人間の王子に恋をした人魚姫の物語である。


海の奥深くに人魚の住む世界が存在した。

珊瑚で建てられた煌びやかな宮殿を中心とした華美な街があった。


魚の鱗は輝き、数多の生物は奇怪な威光を放つ。

それぞれの光は暗い海底を明々と照らし出している。


街の中心に屹立する宮殿には、王様と四人姉妹の娘達が幸せに暮らしている。

「私の飾りを見て!こんなに綺麗なの」

「いいえ、私の方が大きくて美しいわ」

「私が持ってるこの貝殻なんて輝く宝石まで付いてるのよ」

沢山の貝殻を装飾とし、美しい娘達は愉しげに見せ合っていた。


そんな日々を送りながら、四人姉妹は仲睦まじく悠久の時を過ごしていた。


四人姉妹は何の不自由もない筈だった、だが一つだけ不満を抱えている事があった。


遥か頭上、海の上に出ることだ。

海の上には陸があり、緑で生い茂った地上と呼ばれる世界が存在し、人間達が暮らしている。


頭上では青い天井が広がり、空を飛ぶ生き物が美しく小唄を響かせながら飛び回ると言う、婆様にそんな昔話をよく聞かされていた。


姉妹は地上の世界を見たことがないので、興味津々で聞き入っていた。


「地上は美しい、私らが住む世界とは違った風景で一杯なんだよ。お前達も見ればきっと驚くだろうね」


姉妹は十五歳の歳を迎えるまでは海の上に出ることを王様が許さなかった。


一番年上の姉は次の誕生日で十五歳になる。続いた姉妹達は一年ずつ歳が離れている。


「次の誕生日、私は海の上に出るわ。その日一番に行って、みんなに話してあげる!」


一番上の姉は既に海の上に出たような顔色で妹達に話してみせた。


そして誕生日を迎え、ついに海の上に出る時が訪れた。

この時をどれだけ待ち望んだだろうか。


「みんな、行ってくるわね。戻ったら、どれほど美しく、きらびやかであったか飽きるほど話してあげるわ」

高揚した姉は妹達を置いてみるみると海の上へと泳いでいった。


海中を優雅に泳ぐイルカのように、気持ちの良いくらいの泳ぎで登り始め、その姿は徐々に見えなくなっていった。


妹達は少し不満そうに、しかし心の中では楽しみな気持ちもいっぱいの中で姉を見送った。


「早く私たちも海の上を眺めてみたいわ!」

待ち遠しくて仕方のない気持ちをこらえ、宮殿に戻っていった。


しばしの時が経ち、姉が戻ってきた。

その顔は満面の笑みを浮かべ、この世の楽園を見てきたような表情だった。


「この世界にあれほど美しいものがあったなんて信じられない!本当に素敵だったのよ」

いつも以上に目を輝かせ、姉は地上の話を妹達に話してみせた。


妹達はご馳走にありつくように聞き入った。

「何を見たの?何があったの?何が美しかったの?」

妹達の質問は尽きることはなかった。


「あんな美しい光を放つものがあったなんて信じられないわ」

姉は月の光に見惚れたと話した。


姉はちょうど、地上が夜中の時に海の上へに出たのだ。


「もしも手が届くのならぜひとも耳飾りにしたいと思うほどよ」

姉の話しも尽きることはなかった。


そんな話を続け、一日を終えてしまった。


その日から姉は毎日、海の上へ出掛けるようになり、宮殿にいる姿を見かける方が少なくなった。


妹達も来るべき日を楽しみにしながら時が経つのを待っていた。


しかし、不可解な出来事は突如として訪れた。

いつからか、姉が宮殿に戻っていないことが分かった。


宮殿中、街中を探しても姉の姿を見たという者は一人としておらず、大きな騒動となっていた。


この騒ぎが後の大きな運命へと誘いざなう事を、その時は誰もが考えもしなかった。

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