5

 間もなくして、兄の姿も街から消えた。羽根のひとひらも残すことなく。

 双子の天使を失った街は、時を刻むのをやめた。時計台の時間は深夜0時で止まり、狂ったように雨はやむことなく降り続く。

 光に満ちていた街は色を失い、闇の中で、二つの小さな、曇ったガラス片と無数のゴミだけが舞っている。

 ゴミたちはもう、祝福を与えられることは無い。ただただ、街に積もっていくだけ。

 祝福が無いということは、転生出来る天使も居ないということで。かつてはどんどん増えていっていた人間は、今度はどんどん減っていく。人間が居なくなれば、当然死した後の魂も徐々に減少の一途を辿る。

 失ってはじめてこの街は、双子がどれだけ重大な任を負っていたのかを示すのだ。

 この雨を見つめる四点の光はもう存在しない。

 どれだけの時が流れたか。惜しむように、雨は降りやんだ。同時に、空で瞬いていた星も見えなくなった。まるで、双子の居なくなった街にはもう、何も無いのだと言わんばかりに。

 人間の姿も、もう世界のどこにも無く。双子の姿も戻ることはない。

 双子の嘆きは誰にも、どこにも届くことは無く、罪とされ、結果として世界は双子を失い、人間を失い、そして誰もいなくなった。

 0時で止まったまま動かない時計台と、積もったまま増えることも減ることもないゴミたちが、世界の終わりを物語っている。

 天使たちは、人間たちは、そして世界は、何を望んでいたのだろう。どんな終わりなら、誰も傷つかずに済んだだろうか。今となっては、どうにもならないことである。

 この世界はこれから、どこへ向かうのだろう。どこへたどり着くのだろう。それとも、何もかも失い、止まってしまったまま、どこにもなににもならないまま、ただ存在し続けるのだろうか。

 その答えを持っている者すら、今は居ない。

 何もかも、今となっては分からないことばかりだ。だが双子は――弟は、本当は世界をとても愛していたのかもしれない。

 愛するが故に、ひとつの汚点からでも減らしたかったのか。転生するに相応しいと、そう思うものにしか祝福を与えなくなってしまう程に。増えすぎた人間を制御しようとしたのではないか。

 それこそが世界の為になると考えたのか。

 もしかするとただ単純に、増えすぎて捌ききれなくなった仕事を減らしたかった思いからかもしれない。

 最早本人の居ない場でなど、それがどんな心境からの行為だったかなんて本当の意味では分からないのだろう。

 それでもきっと兄も、願わずにはいられなかった筈だ。信じずにはいられなかった筈だ。

 愛する弟は、ただ一人の自分の弟は。ちゃんと世界を愛していたのだと。

 管理者を失い、時間の概念も無くなり、なにもかもを失ったこの時計台の街は、二人の思い出すらも残してはくれない。

 淡々と仕事をしていた二人の姿も、二人で覚えた幸せも苦しみも、その痕跡すらも、もう何一つとして残ってなどいない。

 そもそも人間たちは、二人の仕事も、存在すら知らないままに生き、そして二人を失い、何も知らないままで減って消えたのだ。そこに、二人へ向けられたものなど何も無かった。

 世界も、人も、双子に優しい存在はひとつとして無かったのだ。



 ここは、時計台の街。かつて双子の天使が、ゴミとなり雨とともに降り落ちる人間たちの魂に祝福を与えて星へ返し、転生の準備をする仕事を請け負っていた場所。闇の中には街の光と星の輝きが浮かび上がっていた。

 今は、街の光も雨も星も無い、止まった時計台と降り積もったゴミばかりに埋もれた街。

 くすんだ世界の色は戻ることはなく、戻す者も存在しない。何者も干渉せず、ひとつの止まった世界として存在している。

 そうして終わった世界の結末を塗り替える存在は、足音を忍ばせることもせずに訪れた。


「これはひどいな」


 ゴミにまみれた街を見た『それ』は、開口一番そう言った。

 背中には双子と似た白い羽。色白の腕は両側ともそれぞれ左右の腰に添えられ、口元には自信に満ちた笑み。

 両手を広げ、それは続けて言う。


「世界よ、俺に全てを任せてみないか」


 この世界の理りなんて知ったことではないと、その瞳が言っている。


「再生を手伝ってやろう」


 傲慢で尊大、加えて自信家であることが伺える態度と言葉。それを止める者すら、居はしない。


「どうだ、時計よ。もう一度、お前の存在を、その意義を、示してはみないか?」


 出来るものならやってみろ。

 挑戦状を投げかけるように、時計台がひとつ、「ゴ━━…ン」と音を響かせた。

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【合作小説】アンヘルダウン 高城 真言 @kR_at

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