後編
「つまり先程の刀や、お持ちした両手剣は『
サヤカは、ジェスロが淹れてくれた紅茶を手にしてユマに尋ねる。傍らの長椅子にはシバが横たわり、鼻には布を詰められ、頭には濡れ布巾を乗せられている。
「そうです。この世にみれんを残して命を落としたもの。――ヒトだけでなく、木々や、動物や、時には建物や道具といったものの幾つかは、強い意志が凝縮して石となって、残ってしまうんです」
ユマもすっかり落ち着いている。そこに、ジェスロが蒼く光る石を持ってきた。
「ありがとうジェスロ。ユマさん、これが魂魄石です。地表から離れた地面の中に、鉱石のようにして埋まっているんです。見た目も綺麗な石ですが、太古の記憶を有した貴重な資料でもあります。私たちは、この魂魄石を集めて書籍へと収めるのが仕事なのです。つまり、過去の歴史を知る手がかりを収集しているんです」
「そうだったんですか」
「はい。魂魄石は世界のあちこちに散らばっていますので、図書館ごと移動して集めてまわっているんです」
「それで図書館が突然こんな所に。でも、なぜ魂魄石を剣に加工するんですか?」
「魂魄石は、言ってみればみれんの塊です。だからなのか、スッキリしないと情報を教えてくれないんですよ。ヒトでいうと成仏しないで幽霊のままでいるようなものですね。『私の望みを叶えなきゃ何も教えない!』って感じなんです」
「ゆ……幽霊ですか」
魂魄石を手にして眺めていたサヤカは、思わず机の上にそれを置いた。
「ふふ。そうなんです。だから、思い切り暴れて貰うために刀に打ち直すんです。私たちはその刀を『ソーマ
サヤカは先ほどの様子を思い返した。確かに、曲刀は砕けて粉々になっていた。
「そして、成仏した
「つまりは、これと言うわけだ」
「お兄ちゃん!」
いつの間にか起き直ったシバが、机の上にことん、と瓶を置いた。瓶の中には、先ほど取り出したソーマがゆらゆらと揺れながら輝いている。
「やあ、妹に未来の嫁よ。おはよう。おっと、わかったよ。サヤカさん、おはよう。ソーマ刀の講義はほぼ終わっているようだね。この状態までになったら、あとは魔法の本の中に内容を書き出せば完成だ。我が王立ソーマ図書館の新しい蔵書が出来上がりというわけさ」
シバは得意げに微笑む。だが、その鼻には鼻血を止めるための布が突っ込まれたままだった。
「そうだったんですか。なんだか大変そうで、高尚なお仕事ですね」
「いやいや、そうでもないよ。何せ元々がみれんを残した石だからね。出てくるお話も、恨みがましいものが多いんだ。半分は昔のヒトや動物の愚痴を集めているようなものさ。奥さんのご飯がまずくて辛い旦那の話だとか、ネズミに悪戯ばかりされて悔しがってる猫の話とか、そんなのばかりさ」
「まあ。でも、それはそれで面白そうですね」
サヤカがそう言うと、シバは嬉しそうに頷いた。
「そうなんだよ! ユマや親父はがっかりするんだけどね、俺はそういうくだらない話を取り出すのが大好きなんだ。今は、300年ほど前にいたらしい、『頼りない少年と旅をしている黒猫』を追いかけているんだ。いろんなソーマの記憶を繋ぎ合わせて、彼らのお話をひとつの本に纏めたいと思っているんだよ」
「ちょっとお兄ちゃん」
ユマに窘められて、シバは我に返って咳払いをした。
「ああ、失礼。ついつい夢中になってしまってね。ところでサヤカさん、今日会いに来てくれた理由は、その両手剣なんだろう?」
「あ、はい。そうなんです。実はルドラさんからお預かりして」
サヤカがそこまで言ったところで、シバが人差し指を立てて言葉を制した。
「ちょっと待ってね。……ジェスロ」
「はい、シバ様」
ジェスロが立ち上がり、胸のポケットから笛を取り出して吹く。すると、どこからともなくわちゃわちゃと、小鳥の一団が飛んできた。シバやジェスロの肩にとまり、何やら慌てた様子で羽をバタバタさせている。
「館の周りに賊が来ているようです。その数10程と」
「10か。親父め、こんな時にどこへ……。まあいい。3人でなんとかするか」
「それが、どうも普通の賊では無い様でございます」
「何? セルジンの手の者か?」
「左様でございます」
シバの言葉にジェスロが頷く。
「そうか。やけに早く嗅ぎつけたな。ユマ、ジェスロ、用意しろ。親父の代わりに俺がタンクをやる。――不本意だがな。賊はできるだけ正門前に引き付ける。アタッカーはジェスロ。ユマは尖塔から魔法でサポートを頼む」
「はい」
「かしこまりました」
ユマとジェスロが部屋を出ると、シバは小鳥たちを机の上に並べ、何やら命令を始めた。
「いいか、クミン、ターメリック、カルダモンにシナモン、お前らは偵察だ。手分けして賊の動きを探ってくれ。裏に周られるとやっかいだからな。無理はするなよ。ナツメグ、お前はこの事を王都に知らせてくれ。援軍はいらない。気を付けてな」
声をかけられた小鳥たちは、ピッとひと声泣くと、一羽を残してわちゃわちゃと散らばって行った。残された一羽は不服そうにピーピー鳴いている。
「あの、私はどうすれば……」
サヤカがおずおずと声をかけると、ジェスロはにっこりとほほ笑んだ。
「サヤカさんはすまないが、隣にある部屋で待機していてくれ。そこなら安全で、逃げられない」
「え?」
サヤカの表情がぎこちなく強張った。
「君がここに来てすぐ賊も来た。悪いが信用できるかどうか確かめる時間が無い。少なくとも君はひとつ、嘘をついていたわけだしね」
シバはサヤカの手を取って手甲を外す。そこには五芒星の印章が刻まれていた。
「
「シバさん、これは……」
「ああ、話なら後でゆっくり聞くよ。今はおとなしく部屋に入っていてくれ。サフラン、待たせたな。サヤカさんはお前に任せた」
残された1羽の小鳥は、嬉しそうにサヤカの周りをくるくる回ると、隣の部屋へと促すように飛んで行った。サヤカはその後を追って部屋へと入る。シバはその姿を見送ると、兜を被った。
「さて、行くとするか。どうなることやら」
机の上の両手剣に目をやると、手に取って2~3度振り、それを背負った。
「お前のせいかもしれないからな、手伝ってもらうぞ」
背中に向かってそう呟くと、扉を開けて階下へと降りて行った。
―――
この後、シバたちは、1冊の本を巡る騒動に身を投じることになるのだが、それはまた、別の話。
―了―
図書館暮らし。 吉岡梅 @uomasa
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