中編

「説明するよりも、実際に見てもらった方がいいですね。サヤカさん、兄の所へご案内します」

「はい」


 サヤカが立ち上がると、ユマはその姿をしげしげと眺める。


「あー、でも、危ないかなもなあ。むむむ……」

「へ?」

「つぶらな瞳のタヌキ顔……ふわふわセミロング……胸も大きい。サヤカさん、さてはあなた可愛いですね?」

「えっ!?」

「いいですか。うちの兄に気を付けてくださいね。いざとなったらグーで殴っていいですから」


 ユマは力強く拳を握って見せる。そして、戸惑うサヤカを置いてすたすたと歩き始めた。サヤカは大剣を胸に抱えて慌ててその後を追う。


「ここが書斎になります。たぶん、兄はこの中で執筆中です」


 ユマに案内され、サヤカは図書館の2階に来ていた。両開きの扉を開けると広々とした部屋が広がっている。そこには一人の少年と老紳士が、。2人は、サヤカたちに目を向けることなく、じりじりと互いの間合いを測っている。


「え? えと……戦ってるんですか?」

「はい。戦っているというか、執筆中というか。すぐ終わると思いますので、見ていてください」


 少年は両手で長剣ロングソードを握り、老紳士は曲刀シミターを片手に半身になって構えている。先に動いたのは老紳士だ。軽やかに一足分踏み込むと少年めがけ曲刀を突き出す。少年は受けずに左足を軸にくるりと半回転して躱したかと思うと、そのままの勢いで体をひねって1回転し、長剣を老紳士の胴へと叩きつけるように振るった。


 老紳士はさっと踏み出した足を引いて体の向きを変えると、曲刀の切っ先に片手を添えて長剣を受ける。刀同士がぶつかる音が室内に響き、2人はさっと後ろに下がって距離を取った。


 と、すぐさま少年は裂帛の気合と共に床を蹴り、長剣を老紳士の頭にめがけて打ち込んだ。老紳士は落ち着いて曲刀を撥ね上げながら受ける。刀身を傾け、滑らすようにして力を逃がすと、返す刀で少年へと打ち込んだ。態勢を崩されている少年が、なんとかその刃を長剣で受ける。が、その時だった。


――ぽん。


 何かが破裂するような音と共に、老紳士の曲刀が折れた。いや、砕けたといった方がいい。刀身はおろか、柄までもが粉々になっている。


「あっ? 武器が!」


 サヤカは思わず声を上げる。これではもう老紳士は戦えない。勝負あった。そう思ったとき、少年が長剣を悔しそうに眺めて天を仰いだ。


「くっそー! また負けた!」

「まだまだですね。シバ様。ささ、それよりもソーマを確保しなくては」

「ああ、わかってるよジェスロ。そら、捕まえた」


 シバと呼ばれた少年は、腰のベルトから箸のような2本の棒を取り出すと、刀が砕けたあたりにゆらゆらと光っていた何かを、ひょいっと摘まんだ。そして、同じく腰に下げていた瓶へと丁寧に仕舞って栓をした。


「お疲れ様でございます」

「ああ、ありがとうジェスロ。でもなあ、くやしいなあ」


 少年は老紳士から受け取ったタオルで汗を拭きながらブツブツ言っている。


「お疲れ様、お兄ちゃん」

「ああ、ユマ、またジェスロに負けてしまったよ。次こそは――」


 シバは言葉を途中で止めると、まじまじとサヤカを見つめていた。サヤカはその視線に気づいて、ぺこりとお辞儀をする。


「あの、はじめまして。私はサヤカ・リンと……」

「結婚しよう」

「えっ!」

「目を合わせて5秒でプロポーズすんな!」

「おふっ」


 シバはサヤカの両手を取ったまま、ユマの右ストレートを顔面に受けていた。しかし、がっしりと握った両手は離していない。


「何をする妹よ。兄は決して思い付きを口にしているわけではない。次期館長としてグプタ家に足りない才能を持つ人材を迎え入れようと……」

「ひ……人の胸をガン見しながら言うな!」

「おふっ」


 今度はユマの左フックが炸裂し、シバはゆっくりとダウンした。


「まったく、私だってこれから……ちょっと聞いてるのお兄ちゃん。お兄ちゃん? あれ、動かない?」

「え? ええ?」


 戸惑うユマとサヤカを尻目に、ジェスロと呼ばれていた老紳士がゆっくりとシバの首筋に手を触れる。


「腕を上げましたな。ユマ様。シバ様には少しお休みいただきましょう。そしてサヤカ様、ようこそいらっしゃいました。主のご無礼、なにとぞご容赦ください」


 老紳士は丁寧に頭を下げる。サヤカはよくわからないままぺこりと頭を下げた。

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