図書館暮らし。
吉岡梅
前編
その図書館は、満月の夜に街から街へと旅をする
月の光を浴び、魔高炉を蒼く光らせ、一歩ずつ
まだ見ぬお話を求めて旅をする
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「はわー、本当にこんな場所に建物が来てる」
ひとりの少女が図書館を見上げている。目の前には石造りの建物が唐突に佇んでいた。こんな辺鄙な場所を訪れるのは、少し先のモンスターの出る洞窟へと赴く冒険者くらいだろう。
しかし少女、――サヤカ・リンは、どう見ても冒険者には見えなかった。生成りの麻のワンピースに編み上げのサンダル。肩には、口元まで隠れるほどたっぷりとした茜色のストールを巻き付けている。唯一冒険者に見えなくもない点と言えば、手甲をはめ、小さな体には似つかわしくない大ぶりの両手剣を抱きかかえているところくらいだ。
ぺたぺたと入り口の前まで歩いて行くと、重そうな石の扉がすっと左右に開いた。魔法仕掛けだろうか、それとも専用の奴隷や
「こ、こんにちはー。はえっ!?」
突然、背後の扉がひとりでに閉まる。思わず声を上げて振り返り、あわてて扉へ駆け寄ると、何事もなかったかのように再び扉が開いた。閉じ込められたわけではないようだ。ほっと息をつくと、くすくすと笑う声が聞こえた。
「ようこそソーマ図書館へ。司書のグプタと申します。何かお探しですか?」
館内のカウンターには、しゃんと背筋を伸ばしたお団子ヘアの女の子がにこやかに微笑んでいた。
「グプタさん! じゃあ、あなたが。は、初めましてっ! 私はサヤカ。サヤカ・リンと言います。あなたがシバ・グプタさんですか?」
「シバ? いえ、シバ・グプタは私の兄です。私はユマ・グプタと申します。兄のお知り合いですか? ……まさか、兄がもう何か失礼な事を?」
ユマと名乗った女の子の顔が、警戒するように曇った。
「え? いいえ。ルドラさんからシバ・グプタさんを訪ねるように言われたんですけ……ど……えと、あの? ユマさん?」
ユマの肩が、わなわなと震えている。かと思うと、がしっとサヤカの両肩を掴んできた。
「ル・ド・ラですって!? お父さんから!? サヤカさん、いったいいつどこで父に会ったんですか!!」
「はえっ!? ええと、えと、ごめんなさいっ!」
思わず謝ると、ユマは、はっと気づいて手を離した。
「いえ、こちらこそごめんなさい。父の事になるとつい……。はしたない所をお見せしてしまいました。サヤカさん、よろしかったら詳しくお話を聞かせていただけませんか」
「は、はい」
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「なるほど。10日ほど前に、ここから西の街道で行き倒れていた無駄にガタイのいい小汚いおっさんを助けたと。ゴミ同然の」
「そこまでは……。死んじゃってるのかと思っておそるおそる近づいたら、お腹が凄い音で鳴ってですね」
2人は図書館の喫茶スペースに腰をかけて紅茶を飲んでいた。机の上にはゴツい両手剣がごろんと置かれている。
「まったくお父さんったら、恥ずかしい! すみません本当に」
「いえいえ。それで、手持ちの食料を分けて差し上げたのですけど」
「ひょっとして」
「足りなかったらしくて」
「ああ」
「それで、全部お渡したのですがそれでもまだ」
「全部でもですか」
「結局、家にお招きしてお食事を」
「家にまで」
ユマは頭を抱えて首を振っている。
「本当にご迷惑をおかけしました。お詫びに何かご用意します!」
「そんな、いいんですいいんです。それに、お礼的な物ならもうルドラさんからいただいてますので」
「お礼……的? まさかサヤカさん、それって」
ユマの目がおそるおそるといったようにテーブルの上の両手剣に移る。サヤカはといえば、こっくりと大きく頷いていた。
「はい、その両手剣です」
「あんのクソ親父!!」
「はわっ!」
ユマの悪態に思わずサヤカがびくっと怯える。
「すみません。つい……。ところでサヤカさん、父はどうしたのでしょう」
「はい。『10日もすれば図書館が来るから、この剣を持ってシバ・グプタさんを訪ねなさい』と言い残して、どこかへ行ってしまいました」
「そうですか。やっぱり」
ユマは深くため息をつく。サヤカはいたたまれなくなって、思わずぺこりと頭を下げた。
「なんだかお役に立てなくてごめんなさい」
「いえそんな。サヤカさんは何も謝る必要なんてありません。むしろ謝るのはこちらの方です」
「はわわ、やめてください。……それにしても、なんでルドラさんはこの剣をここに持ってくるようにおっしゃっていたのでしょう? 見たところ、この図書館には本しか無いようですけど……」
サヤカはきょろきょろと館内を見渡す。そこそこに広い館内には、所狭しと書棚が置かれ、様々な本がぎっしりと保管されている。喫茶スペース以外は、どこを見ても本ばかりだ。武器はおろか、目立った調度品すら見当たらない。すると、ユマが驚いたように答えた。
「お父さんったら、本当に何も言ってないんですね。サヤカさん、実は、その両手剣が本なんです」
「え? これが本?」
「はい。正しくは本というより著者です」
「著者……。剣がですか?」
「はい。そして、著者からお話を聞き出すのが、我が家の家業なのです」
目の前の女の子は、誇らしげに胸をそらせた。
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