冷たい風
文都
赤
街灯が綺麗に咲いていた。
冷たい風が頬を撫でた。
1人、歩いていた。
微かに香る柔軟剤の匂いと、洗いたての髪の匂いと、冷たくなった右手と、硝子玉と。
少し高台にあるこの散歩道は、物心着いた時から歩き回った道だった。
近くの池へ続く道は封鎖され、かつてのように魚釣りやらザリガニ狩りは出来なくなっている。
この散歩道には街灯がほとんどない。
周りには申し訳程度に置かれた古い自動販売機と路上駐車している車に、不法投棄されたのか捨てられたのか廃車寸前の車、そして、田があるだけだ。
そんな道を私は懐中電灯も持たずに歩いていた。
宛もない。
理由などない。
この散歩道から見える市街の灯りは過去を思い出させるのには十分すぎた。
ふと、立ち止まる。
洗いたての髪に指を絡めた。
ふんわりと香るシャンプーの匂いに誰かの事を思い出す。
戻れない過去を思い出す。
21:55になると街灯の消えるあの公園を思い出す。
あのベンチを思い出す。
寒空の下、感じた温もりを思い出す。
計画倒れしたあの計画を思い出す。
なかなか切れない鋏を思い出す。
冷たい風が頬を撫でて、冷たくなった右手をそっとポッケに入れた。
それでも、右手は暖かくなどならなかった。
気取った足取りで私は強がり歩き出した。
「言葉には魂があると信じられていたんやてで」
いつか聞いた日本史の先生の話を思い出した。
私は、薄ら笑いを浮かべた。
「全くその通りだ」
私は、ふと、口にした。
「だれも幸せにできなかった」
言霊信仰の事を覚えていた私は口にすべきではなかった。
そんな私をまん丸い月は見ていただろう。
まん丸い月の中で飛び回る白銀のうさぎの深紅の瞳は私を見ていただろう。
否、誰も私の事など見ていなかっただろう。
私は街灯が伸ばした私の影を覗き込む。
真っ黒な私には過去を嘆く資格も無いように思えた。
市街の灯りはそれはそれは美しく見えた。
何処かであの人も空を見ているだろうか?
まず、私の事を覚えているだろうか?
淘汰されていく思い出の中で私はただただ冷たい右手が温まるのを待った。
冷たい風 文都 @umbrella-obake
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