0-4 side.リリアナ

「あ~~~、あ~~~」

 嬉しさに語彙力を消失させたかのような声が響く。

 言葉の代わりにそのこそばゆさを全身で現すように、ベッドの上をゴロゴロと転がり、

「ふぎゃ!?」

 落ちた。

「いったいですねー。もー」

 リリアナである。

 トネットが見たら、余りのギャップに開いた口が塞がらなくなりそうなほどに緩んだ姿だ。

 とはいえここは天界にあるリリアナの私室。何をしていても問題はないのだが、

「それにしても、うぇへへへ」

 緩みすぎである。

 何を思い出したのかは知らないが、頬がデレデレになった思い出し笑いは、本人以外からすれば不気味なことこの上ない。恐らくトネットも引く。

「もう、本当にしょうがないですねぇ、トネット君は」

 ピョン、とはしゃぎながらベッドへと戻るリリアナ。ペタリと座りつつ見つめる先には、大型のモニターが設置されている。

「リピート♪リピート♪」

 浮き立つ仕草でモニターを指差せば、モニターが再び映像を流し出す。

『一目惚れだよ』

「えへへへへ。もう、トネット君てばぁ。ダメですよぉ、そんなこと言っちゃあ」

 などと。リリアナは女神の威厳なんて吹き飛ぶほどに蕩け切った表情で呟く。それはミルフレール王国の王都への帰路を行くトネットとアスセーナの姿を映し出したものだ。

『一目惚れだよ』

 録画でもしているのか、再び同じ場面が繰り返される。

「えへへへへ~ 」

 何度だって緩む表情筋。

 幸せで堪らない。そんなオーラを撒き散らしながら、リリアナは部屋の中央に置かれたベッドの上で身悶える。

 現代日本のホテルみたいな部屋だ。広く豪華なそこは、例えるなら最高級スイートルームになるのだろう。ただ、それにしては余りにも雑然とした生活感に満ちているが。

 そんな部屋の一角には、そこだけきちんと整理整頓されたスペースがある。まるで毎日手入れをしているかのように、ピカピカに磨かれたガラスケースと、その中に収められた数々のアイテム。

 “龍種の宝玉”

 “枯れないバラ”

 トネットとアスセーナの会話に出てきたものだ。

 他にも、トネットが転生した世界では一級品とされる品々が陳列されている。トネットが生きる世界では、命懸けで手に入れようとしたところで、入手することすら出来ないアイテムの数々。

 愛おしさをこめて見つめるその全てが、トネットからのプレゼントである。

 彼が転生して2年半。どんな勇者であろうと裸足で逃げ出す壮絶な冒険の果てに手にした多くの稀少アイテム。

 それだけで一国と等価のものも彼は、『やるよ。俺はこれが欲しくて旅に出てるわけじゃない』と全部を全部、リリアナに贈るのである。

「む。“黒衣の金剛石”が隠れちゃってますね。トネット君からのプレゼントが台無しです」

 ベッドから降り、ガラスケースの配置をウキウキと直す。指で触れるそのひとつひとつに思い出が詰まっている。

 リリアナは女神だ。当然ながら人ではない。だからといって人の感情を知らないかと言われれば、そんなことはない。

 ちゃんと恋も出来る、はずだ。

「全く失礼な精霊です。私にだって感情はあるに決まってるじゃないですか」

 不躾なことを言ったアスセーナに頬を膨らませる。

 しかし、だからこそ羨まくなってしまう。

 トネットと一緒にあの世界で生きられる彼女が。

 アスセーナだけではない。トネットに救われた亡国の姫君も、魔族に襲われていたところを助けられた踊り子も、彼に憧れ剣を取った少女騎士も。みんながみんな、トネットと共にあの世界で生きている。

 女神の自分には出来ないことが出来る、人間である彼女たち。

 いっそのこと自分も人間になれたら、と思いはするものの、果たして女神でなくなった自分を、トネットは変わらず好きでいてくれるのだろうか。

 ただの人になってしまえば、自分は彼にスキルを与えることが出来なくなってしまう。たったひとつ、彼に関われるきっかけを自分から放り出してしまうのは、恐かった。

「なーんて、益体もないことを考えててもしょうがないんですけどね……」

 はあ、と。ため息が漏れる。

 彼からの贈り物をたくさん持っていても、彼と過ごした時間は少ない。

 自分も一度でいいからトネットに命懸けで救って貰いたい。

 そんな思いが渦巻く。

 女神とは言え、女の子なのだ。少女らしい悩みを抱くことだってある。

 ただ、これが恋なのかどうかを、リリアナはまだ自覚していない。

「むむ。ダメですよ私。らしくないです。トネット君の好きな私は、もっと明るくて元気なんです。気を取り直していきましょー!」

 オー!と。ひとりで盛り上がるリリアナはベッドに戻り、そこでスキル作成のためにペンを走らせる。

 よくよく見れば部屋の中には何枚もの羊皮紙が丸められ放置されている。

 それは見る者が見れば垂涎のチートスキルの束だ。これまでの2年半でトネットが一蹴してきたものでもある。

「うーん。ここで背後の気配が察知出来れば、多少は余裕が持てたんではないでしょうか」

 ブツブツ呟くリリアナは、先程とは違い真剣な眼差しで映像を見る。

 トネットが魔族の群れと戦っている姿は、カッコイイけれどハラハラするものだ。彼にはもっとスマートに戦闘を切り抜けて欲しい。

 そのためのスキルをリリアナは編み上げている。

 その懸命な姿を見れば、誰もが彼女はトネットに恋をしていると思うだろう。

しかし、当のリリアナにその自覚がない。

 今、自分がしていることだって、トネットに<オールクリア>を使って転生しているためのものだと思い込んでいるのだから。

 実は、トネットに明かしていない天界のルールがある。

 それは、彼があの世界で死んでしまってはいけないということだ。

 <オールクリア>を使用しての転生。この条件が満たされない限り、リリアナの転生件数は伸びずに、彼女の“神格”が成長することもない。

 だからこそリリアナはこれまで、999人の転生者に<オールクリア>を使いたくなるように仕向けてきた。

 わざと難易度の高い世界を創り、転生者として世界に招へいするのも比較的若い者に限定し、そうして様々なチートスキルを与え続けることで作業感と飽きを生じさせ、少しずつ生きがいを奪っていったのだ。

 結局チートスキルを使えば解決出来てしまう。

 そうした虚しさを胸に抱けば、若くイキる転生者ほどこう言うのだ。

 『なんかこの世界、つまんねぇ。もっと俺に相応しい世界があると思うんだ』

 と。

 そうなればしめたもの。

 後は<オールクリア>による転生を示唆し、ダメ押しで他の神々が創り上げた世界の話をしてやればいい。

 青く見える隣の芝に惹かれた転生者たちは、次の素晴らしい世界を夢見て転生していく。

 そうしてリリアナは自身の“神格”を上げていったのだ。

 999人にも転生者を次なる運命に導いたリリアナは、天界でも指折りの存在ではある。

 が、やはりそのやり方はアスセーナの言う通り性悪な、それだ。

「あーーーーっっっ」

 しかし、今こうして私室で声を上げる彼女が、そんな性悪女神であると一体誰が想像できようか。

「トネット君の告白を録音するの忘れました……」

 がっくりと肩を落とす彼女は、ひとりの少女にしか見えない。

 そんなリリアナの姿を見ていると、本当にトネットの転生を望んでいるのかすら疑わしくなる。むしろ、もっと長くこの世界にいて欲しいと思っているのではないだろうか。

「あれがあれば、トネット君をからかうネタが増えたのに。痛恨の失敗です」

 リリアナの恋はまだ眠りについたままだ。

 彼女がそれを自覚した時、運命は動き始める。

 そしてその時彼女は悩むだろう。

 女神である自分と恋心。

 その2つの一体どちらが自分にとって大切なものなのか、と。

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異世界転生3年目の俺に、チートスキルは必要ない 藤宮カズキ @fujimiyakazuki

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