0-3

「一目惚れだよ」

 ぶっきらぼうな言葉に、どこか照れを含んだぶすっとした表情。

 トネットだ。

 告白に失敗した翌日、彼はアスセーナを伴いミルフレール王国の中心である王都への帰途に着いていた。その途中で問われたのだ。どうしてリリアナのことがそんなに好きなのかと。

「私はもちろんトネットのことを愛してるわ。でもね、だからこそ言わなくてはいけないこともあると思うの。あなた、女を見る目ないのよ」

「空気と水の集まりでしかないお前に女について語られるとは思わなかった」

「だからこそよ。空気と水は常に人の傍にあるもの。それを司る精霊である私は、むしろ他の誰よりも人間に精通しているの」

 意味深な流し目を受け流しつつ、トネットは麻袋を背負い直す。肩にズシリとした重みを刻むそれには、昨日殲滅した魔族の群れから剥ぎ取った素材がパンパンに詰め込まれている。

「だってトネット。あの女神に恋心があると思っているの?」

「少なくとも人間らしい感情は持ってんだろ。じゃなきゃあんなにギャーギャー騒がねぇって」

 昨夜の リリアナを思い返す。うん、相変わらず抜群に可愛かった。

「私は疑問よ。トネットがこれまで2年半に渡ってアピールしてきたのに、あの性悪女神ったらひと欠片たりとも恋心を見せないんだもの。トネットが邪龍の胃からしか取れない“龍種の宝玉”をプレゼントしても、誰一人として生きて帰った人のいない“還らずの森”に咲く“枯れずのバラ”を送っても、彼女ってば子どもみたいに喜ぶだけだったでしょ?」

「そうだけどよっていうか、お前全部見てたのか!?」

 いやいや冗談だろ、と視線を向けるトネットにアスセーナはしれっとした表情で答える。

「トネット、人の話はちゃんと聞いて欲しいわ。私は『空気と水の精霊』。いつだってあなたの傍にいるわ」

「待て。ちょっと待て。てことは、全部知ってるのか!?」

 脳裏に過ぎるのはこれまでリリアナに対して行ってきたアピールの数々。その中には暴走としか言いようのない、顔を覆いたくなるようなものもある。

「もちろんじゃない。私としては転生一年記念にプレゼントした歌が好きよ」

「あああああっ!!!聞こえない聞こえない聞こえない!!そんなことはなかった!!」

「『君のことを想えばいつだって走り出しそうさ ベイビー』が私のお気に入りの歌詞」

「あああああっ!!!聞こえない聞こえない聞こえない!!」

「ところで、『ベイビー』とはどういった意味の言葉なの?」

「赤ちゃんって意味だよ!!いいからもう黙れって!!」

 あら残念。なんて、明らかにからかって楽しんでるのがわかるアスセーナの言葉に、トネットは戦慄する。

 なんてことだ。つまり今までの全てをこの精霊は知ってるわけで、要するにあんなことやこんなことも全て把握されてるわけだ。

 まずい。

 それは非常にまずい。

 何しろ黒歴史の塊だ。

 人に知られていいものでは断じてない。

「死ぬ。俺はもう死ぬ……」

 まさか二日続けて羞恥心に殺されそうになろうとは誰が予想出来ただろうか。

「でも、私本当に悔しいの。トネットがそこまでするのは彼女に対してだけだもの。それに、トネットってば一人でスる時ですら、あの女神でしか妄想しないんだもの」

「お、おま、お前っ!?」

「一度でも私を妄想してくれれば、その瞬間に本番が出来るのに、トネットったら一途過ぎるわ。そういうところも好きよ」

「好意に変換しても許されねぇぞ!? 人の営みを覗いてんじゃねぇよ!!」

「でも私が傍を離れたら空気もなくなっちゃうの。それともトネットは真空オナニーなんて、特殊プレイがお望み?」

「望むわけねぇだろ!! そういう話じゃなくね? え、何。俺ってこの世界にプライベートないの?」

 転生三年目にして明かされる衝撃的過ぎる事実。微睡みつつ『リリアナが可愛すぎる』とか、朝起きて『隣にリリアナが寝ててくれたらなぁ』とか、料理をしながら『リリアナに食わせてやりてぇ』とか呟いていたのも全て聞かれていたと言うのか……。

「あ、ヤバい。転生したくなってきた」

 逃避思考が<オールクリア>の使用を促してくる。

 心の底まで気落ちしたトネットと、その傍を妙に上機嫌で歩くアスセーナ。

 賑やかな2人の行く手を阻むように10人余りの男達が立ち塞がる。

「あー……」

 その後の展開を察したトネットが面倒くさそうな声を漏らす。

「ここを通りたきゃ通行料を置いていくんだな」

 山賊風の男が居丈高に告げてくる。一応その男がリーダー格なようだが、身なりは控え目に言っても良いものとは言えない。戦場帰りのトネットの方がまだきちんとした装いをしている。

「荷物を全部置いていくか、その女を置いていってもいいんだぜ?」

 リーダー格の男がそう言うと、周囲の男達から下卑た笑いが巻き起こる。

 確かにアスセーナは絶世の美女だ。リリアナには及ばないが。

「トネット。こんな時まであの女神と比べないで」

「え、何お前。俺の頭の中までわかるの?」

「ええ、愛してますから」

 答えになってねぇよ。なんてツッコミをしつつ、トネットは思う。

「めんどくせー、かしら?」

「ご明察。今の俺はオナニーを覗かれてたという衝撃の事実に打ちひしがれてるから、まあ、テキトーにやっちまおう」

 言いつつトネットは腰に履いていた剣を抜き放つ。それを見た山賊風の一団からはヘラヘラとした笑いが込み上げる。

「はぁ」

 面倒くさそうなため息ひとつ。それで全てが終わっていた。

 山賊風の男達は一人残らず地面に突っ伏している。その場から一歩も動いていないように見えるトネットの足元には、しかし彼が高速で移動したとでも言うように、砂埃が舞っていた。

「行くぞ。アスセーナ」

 いつの間に下ろしたのか。地面に置かれていた麻袋を担ぎ直すトネット。彼は何事もなかったかのようにうずくまる山賊風の男達の傍を通り過ぎる。

「全てが峰打ち。そういう優しさも好きよ、トネット」

「そのセリフ、リリアナに言われたかったわー」

 ぼやくトネットの視界には薄らと王都を囲む長大な城壁が見えていた。目指す場所までもう少し。今夜はテントではなく、ベッドの上で寝れそうだ。

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