贋作蒐集家

安良巻祐介

 

 目の前を凄い速さで飛び過ぎるものを何とか捕まえようとして、人は思い思いに色々な道具を手に取るものだ。

 ある人は金を、ある人は筆を、ある人はカメラを、ある人は楽器を、他にもさまざまなものを。

 私も、筆を取る一群の末端に属するのであろう。

 他の筆取る人がどうだかは知らないが、私の場合、物象そのものを捕えられない諦めのようなものが先にあって、それで、せめてその事物の輪郭と一部分の色をだけでも掠め取ろうとして、ものを書くといった感じである。

「世界そのものをありのままに描けない」といった諦観の文言は先人の書いた文章の中にもまま見られるが、私にそんな、大きなスケールの考えはない。

 私は、綺麗なものを見た時、その綺麗さを一種の結晶にして保管したいと願い、それを短い文章にして、すっかり手に入れたような気になる。

 実際できあがったものは結晶どころか色が褪せた劣化物の混合に過ぎないのだが、僕はその小さい輝きの群れにけっこう満足して、暗い、狭い小部屋にこそこそと積み上げて、ニヤニヤと笑っている。色々な形をした偽の宝石を盗み出して、個人的な暗闇の中にばら撒いて快楽を得ている。

 月を綺麗だなあと思った時、細い鎖で空にぶら下げられた銀細工や、輪郭の緩やかなくらげじみた火や、霧の空を行き過ぎる巨人の亡霊の青い眸や、祖父のくれた白銅貨や、そういうもので描いて、短い話の中に押し込めることで、狭い懐へ月を入れたような気分になる。

 そんなけちな贋作蒐集家が、すなわち私なのであるが、自分としては、そんな境遇にも、半ば満足してしまっているのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

贋作蒐集家 安良巻祐介 @aramaki88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る