第24話 最終話 大貫さんご夫妻 ④ 嘆と喜

 …僕がじっと顔色を伺いながら待っていると、ようやく先生はカルテから目を離して言いました。

「…まぁ良いでしょう!…今日今夜様子見て、発作や息苦しいなどの問題が無ければ明日退院していいですよ」

(おおっ !! やった!)

 …僕は心の中で跳び上がって喜びましたが、他の患者さんたちの手前、顔に出さないように注意して、

「ありがとうございます、先生!」

 と応えました。

 …回診が終わり、先生と看護師さんたちが去ると、中尾さんが僕のベッドのところへやって来て、

「チキショー!良いな~!退院かよ~!…俺だけあんな訳分かんない爺さんとまだこの先付き合わなきゃいけないのかよ~!…」

 と嘆きました。

「いやいや中尾さんだってもうすぐ退院出来ますよ!…その元気なら」

 僕が笑ってそう言うと、中尾さんは急に真面目な顔になって、

「そうよなぁ ! … で、考えたんだけどさ…俺の病気治すにゃあまず競輪をやめなきゃダメだと思うんだよね…!」

 と言いました。

「なるほど!…スルドイところに気が付きましたね!」

 と応えると、

「そうなんだよなぁ…全く厄介な病気だぜ、こいつは!」

 ため息混じりに呟くのでした。


 …その晩も例によって7時になる頃には大貫爺さんが、

「皆さん、もう遅いので早く寝ましょう ! 」

 と言って一方的に病室の明かりを消し、さらにその後夜中の3時過ぎには、

「もう朝ですよ!起きて下さい」

 と叫んでみんなの顔にライトを当てて起こしましたが、その日に退院する自分にとってはそれもこれも何だか入院生活の楽しく可笑しい思い出になるんだろうな…という気がしてゆったりと寛容な面持ちにてまた僕はベッドに横になったのでした。


「検温の時間です!…体温を計ってお待ち下さい!」

 いつものようにモーニング検温放送の声が病室に流れ、起こされた僕でしたが、

「今日からシャバに復帰だぜ!」

 …いよいよ退院の日の朝は今までになくスッキリとした目覚めだったことは言うまでもありません。



 大貫さんご夫妻 完


 追記 退院の日


 …という訳でようやく僕の退院の日となりましたが、いつものように朝の検温から始まって、その後は各自洗面やら歯磨きやら何やらを済ませ、一息つくと次は朝食が回って来ます。

 いつものように美味しくない病院の朝御飯ですが、僕はこれでそれも最後なのでその"美味しく無さ"をじっくり味わいながら、ゆっくりと噛みしめて食べました。

 朝食を終えて食器を廊下の配膳ワゴンの棚に戻していると、中尾さんが下から階段を上がって来て片手を上げ、僕の前に立ち止まりました。

「今さ、下の売店で新聞と飲み物買ってたらさ、知り合いが外来に来てて、例の中澤さん、あの刺繍画の患者のさ…!噂を聞いて来ちゃった!」

「はぁ…」

 僕が曖昧な声で応えつつ、2人で病室に戻ると、中尾さんは続きを話し出しました。

「あの人さぁ、近所じゃあもっぱら酒乱とかアル中とかで有名だったんだって!…実際アルコール依存症の治療とか受けてたらしいよ!」

「ええっ !? そうだったんですか?」

 僕が驚くと、

「…もともと酒で身体壊してああいう…あの刺繍画もね、アル中治療の一環で専門医の勧めで始めたんだって!…手先を器用に使って、何か根を詰めてやる趣味が有効だってことらしいよ」

 中尾さんが淡々と言いました。

「…なるほど…何だか哀しい話ですねぇ ! 」

「分からないよなぁ人は…病気が人を蝕むのか、人が弱いから病気に取り付かれるのかって話だよ」

 …僕と中尾さんが話していると、

「は~い、皆さん点滴の時間ですよ~!」

 看護師さんが病室にやって来ました。

「森緒さんはこの点滴が終わったら受付に行って退院の手続きをして下さいね!身体に気を付けて、また具合悪くならないようにね!」

 僕の腕に点滴の針を射しながら看護師さんが笑顔で言いました。

 …頭上でポッタンポッタンと落下して体内に入って来る点滴を見ながら、僕は今までの短くも濃密で不思議な入院の日々と、出会った患者さんたちのことをあれこれ頭の中でぐるぐる思い起こしていました。

 それぞれの患者の病気やケガとその人生について考えてみたりしようかな…と思いかけて、面倒くさそうなのでやっぱりやめました。

 …やがて頭上の点滴液が残り僅かになり、看護師さんを呼んでもらって久方ぶりに自由の身になった僕は大きく伸びをしました。

「中尾さん、ではお先に退院します!あまり快適な入院生活を送らずに中尾さんも早く退院して下さいね!」

「病室の中を快適にして森緒君の帰りを待ってるよ!」

「うわ~、や~な病人 !! 」

「ははは!…お大事にね!」

 中尾さんと冗談を言い合った後、僕は身支度して部屋の皆さんに挨拶し、病室を出ました。

 …階段を降りて一階の受付で会計をしていると、大貫さんの奥さんが玄関から入って来ました。

「お世話様です!…今日は主人の着替えを持って参りましたの…!」

 奥さんは僕の顔を見ると笑顔でそう話しかけて来ました。

「それはお疲れ様です、僕はお陰様で今日退院ですよ…!」

「あら、それはおめでとうございます!…外は寒いのでお大事になさって下さいね」

「はい、ありがとうございます」


 …退院手続きを終えて病院から外に出ると、久方ぶりのシャバは冬間近の冷たい風が吹いていましたが、空はひたすら青く太陽はまっすぐに眩しく僕の顔を出迎えてくれていました。

「だけどやっぱり入院は嫌だな…!」

 シャバの空気に触れながら僕はそう呟いていました。…



 入院患者は眠らない !?





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

入院患者は眠らない !? 森緒 源 @mojikun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画