〈短編〉スーツケースは重すぎる

大臣

一応いわゆる朝の雑談。だったはず……?

「ねえ、あれが見える?」


 不意に隣を歩く俺にとって数少ない女友達が前を指差した。


 見ると自分の学校の制服を着た女子生徒が学校に向かっていくのだ。リボンのデザインから先輩とわかる彼女は、スーツケースを引いて学校に向かう。知り合いかとも思うが、それなら声をかけるだろう。


「……なんだってスーツケースなんだろうね」


「学校の荷物を入れてるんじゃね?」


「それならリュックは背負わないよ、スーツケースで十分すぎる」


 そう、通学路にスーツケースとは、かなり不釣り合いなのだ。


「まあ、でもいいだろ別に」


 確かに変なことだけど、気にすることではない、はずだった。


「スーツケース、スーツケースか……」


 一人で呟き始める友人。まさか……まさかとは思うが……


「ちょっと考えてみない?」


 あークソっ!めんどくさい!


 こいつはたまに少し異変を見つけると、すぐに考え込む癖がある。おまけにいつもそれに俺は巻き込まれるのだ。


 さらに言うと、こいつは一度考えだすと、一定の結論が出るまで悩み抜く。


 はあ……仕方ない。


「わかったよ。一緒に考えてやるよ」


「ホント?ありがとう!」


〈本日の朝の議題・通学路にスーツケースを引いてきたのは何故か?〉


「まずはありそうなのから行こうか」


「そうだね」


 僕の議題提示に対し、彼女は考え込むそぶりを見せる。


「部活とかの合宿とか?」


「それなら周りのやつで他にもだれかスーツケースとかの大きな荷物を持ってるだろ」


 周りを見てみるが、特にそんな人はいない。


「じゃあ、ありきたりな理由じゃなさそうだよね」


 彼女はそう言う。


 そして、にやりと笑ってみせる。


 こちらも口元に笑みを浮かべるが、内心では頭に手を当てたい。


 面倒な問題になればなるほど、こいつはどんどん楽しんでしまうのだ。


 はあ……仕方ないか。


「じゃあ、なんでなんだろうな」


 少し真面目に考えなければいけないようだ。


「辞書……とか?」


「辞書ぉ?スーツケース一杯に?」


「うん」


 彼女は頷き、こう話し始めた。


「実はあの人はゲーム好きで、今日どうしても達成しなきゃいけないイベントがあるんだよ。でもそれは、本来なら寝る間を惜しんでやらなきゃいけないような難易度で、完璧にこなすには膨大な時間をかけるか、課金するしかない。でも、それをどうしてもこなしたいあの人は、辞書を学校に持っていき、それを積み重ねて壁を作り、授業中もゲームをしようという魂胆なんだよ!」


「はいぃっ?」


 と叫んでから、またやってしまったと思った。こいつの推理は、いつだって馬鹿げているのだから、あまりに今更すぎる。


 なんとかして終わらせないとと思い、僕は必死に反論を考える。終わらせたいだけなら、彼女の意見を肯定すれば良いかとも思うが、前にそれをやったら、「納得してないでしょ」と言われ、結局反論する羽目になった。


「ゲーム好きが辞書を持ってると思う?」


「思わない。でも親が勤勉なのかもしれないよ」


「なるほどな……」


 他に何かあるだろうかと考えながら辺りを見回すと、教科書を読みながら通学路を行く男子生徒を見つけた。


 教科書か……。


 よし、これだ。


「学校には教科書がある。わざわざ辞書を持っていかなくても、壁は作れる」


 僕の反論に、彼女はすこし顎に手を当て考えるそぶりを見せた。


「あー……なるほどね」


 よし、第一関門クリア。でもまだ気は抜けない。次の推理がすぐに飛び出してきた。


「じゃあさ、こんなのはどう?あの人は極度のぬいぐるみ好きで、でもそれがバレるのは嫌なの。でも、ぬいぐるみが学校にないと落ち着かなくて、とうとう今日、行動に移したのよ。そう!あの中には、特大のぬいぐるみが入っているのよ!」


「なんだって!?」


 推理の意外性にではない。まだネタがあったのかという思いに対する反応だ。


 いや、どうしろってんだ。


 とりあえず、苦肉の策として、思いついた反論をしてみる。


「ぬいぐるみ好きということならば、ぬいぐるみの気持ちも考えるはず。つまり!スーツケースなんて狭いところに特大のぬいぐるみを押し込まないはずだ!」


 迫真の演技。正直反論されたら辛い。


「……それもそうか」


 よし、なんとかなったみたいだ。


 さあ、次はなんだ?と身構えたが、彼女が言ったのは予想外のことだった。


「じゃあさ、君はどう思うのよ」


「え?」


 彼女は口を尖らせて、僕に向かって言い放った。


「反論ばっかで自分の意見を出さないなんてずるい。君の意見を聞かせてよ」


 あちゃー、そうくるか。


 完全に反論の態勢を取っていた僕に、新しい推理をしろというのは酷だ。


 でも、彼女が望むのだから仕方ない。


 僕は辺りを見回し、何かヒントになりそうなものはないかと探してみる。


「あれは……」


 僕はチラシを配っている、近くのインド料理店の店員を見つけた。


「チラシ、か……」


 これかもしれない。


「あの人はリボンの色から先輩だとわかるよな。先輩は基本的にはクラスがある階が上だ。で、あの人は近所の料理店の娘さんで、料理店の知名度を上げるためにスーツケース一杯のチラシをばら撒く気なんだよ」


「スーツケースにチラシを詰めたらクシャクシャにならない?」


 考えられる反論ではあった。だから運良く答えられた。


「あのメーカーのスーツケースなら僕も持っているけど、小分けにされたスペースがたくさんあるんだ。それこそ、書類とかを入れるケースが入りやすい感じにね。もちろん、普通の学校の荷物も必要だから、リュックに詰めれる量では不十分だったんだろう。だから彼女はスーツケースを持って来たんだよ」


 どうか決まってくれ。そんな風にもはや願っているレベルだった。


 彼女は色々考えてる風だった。でも、


「そっか」


 それだけ言って納得してくれた。が、


「昼休みに答え合わせに行こうよ」


 そのぐらいならいいだろう。


 ———そして昼休み。


「突然申し訳ありません」


 失礼にもほどがあるが、僕らは件の先輩のもとに向かった。


「まあ、いいよ。で?聞きたいことって?」


 そんな風に言いながらも、先輩は怪訝そうだ。


「実は先輩が持ってきていたスーツケースの中身が気になるのですが」


 僕がそう言うと、先輩はほっとしたような顔をした。


「なんだ、そんなことか。てっきり脅されるのかと」


「私たちがなんで先輩を脅すんですか」


「いや、ゲーム機のこと」


 持ってきていたのか。


「実はね、空なんだよ」


 え?


 空、だと?


「どうして、空のスーツケースなんて持ってきていたんですか?」


 僕の質問に、先輩は笑いながら答えようとした。


「いや実はね」


 が、


「先輩、待ってください」


 まて、お前まさか。


「それ、推理していいですか?」


 はあ……やっぱり。


 どうやら僕らの推理劇はまだ終わらないようだ。


〈議題更新。なぜ先輩は空のスーツケースを持ってきていたのか〉




 fin



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