おゆうぎ会の準備は大変

 来月、有斗の幼稚園でおゆうぎ会が催される。園児達の衣装は、親が準備する。私は裁縫が苦手なので、本当に憂鬱だ。瑞樹の時も3年間大変だった。女の子なので、ヒラヒラしたドレスみたいな衣装がほとんどで、頭を抱えたものだ。有斗は男の子だし、そこまでヒラヒラしてないだろうけど。去年は、猫の役だったので、耳と尻尾だけで、助かった。シンプルでも、下手が目立つから、それはそれで困ってしまう。今日、有斗がプリントを持ち帰るはずだ。演目と、役名、どんな衣装を用意するかが書かれている。


「あっくんママ、今日でしょ?ドキドキするね」


幼稚園バスの同じ停留所仲間の、みりちゃんママに声をかけられた。


「ぞうさん組は何やるか知ってる?有斗は何にも話してくれなくて」


「男の子はそう言う子多いよ。ウチはよくしゃべる女の子だし、幼稚園であったこと事細かく教えてくれるわ。むしろ、家での事を先生に話してるかと思うと、気が重いよ」


「それは困っちゃうね」


「ホントよー。何回赤面したことか…って、おゆうぎ会の話しなきゃね。美里の話では、ぞうさん組はシンデレラで、あっくんところのシマウマ組は白雪姫らしいわよ」


「白雪姫?わー、何の役なんだろ。美里ちゃんは、当然シンデレラでしょ?」


「ううん。それが、継母やるらしいの」


「あら、意外。美里ちゃんはシンデレラじゃないとって言いそうなのに」


「それがね、演技じゃないと人をイジメる事はできないから、やってみたいんだって。で、今後イジメる人に出会ったら、気持ちがわかるかもしれないから、止めさせる時に説得できるでしょ。だって」


みりちゃんママは、呆れた表情で肩をすくめた。


「美里ちゃん、おませさんだねー!5歳でその考えは凄いわ。有斗が付いて行くのもわかるね」


私がアハハと笑うと、


「ませすぎて、こっちが閉口しちゃうのよー。旦那なんか、すでに負けてるわ」


わかるわかる。なんて笑いながら話していると、幼稚園バスが到着した。バスのドアが開いて、まゆみ先生が降りてきた。


「はーい、有斗くん、美里ちゃん、さようなら」


有斗と美里ちゃんが、手をつないで降りてきた。当然、美里ちゃんが有斗を引っ張っている。


さようならと、まゆみ先生に挨拶し、バスは去っていった。


「あっくん、今日は美里ピアノだから、遊べないの。また明日ね」


美里ちゃんはが有斗の手を放し、ママに駆け寄ってから、振り返って言った。


「うん。明日ね。バイバーイ」


有斗が美里ちゃんに手を振った。じゃぁ、明日ねーと、ママ同士も手を振って、家へ歩き出した。美里ちゃんの家は反対方向だ。


「今日、美里ちゃんと遊びたいって言ったの?」


「ううん。言ってない」


「…そっか。遊べなくて残念ね」


(美里ちゃん…5歳にして、有斗を尻に敷いてるわね)


 家に着くと、早速プリントを見た。


「なになに、演目は白雪姫。やっぱりね。有斗は何の役かな…?狩人!狩人って白雪姫に出てきたっけ?」


あれれっと思い、有斗に声をかけた。有斗は幼稚園の制服を脱いで、着替えながら応えた。


「狩人いるよー!白雪姫逃がす人!狩人の役は僕だけなんだよ」


上着からスポッと顔をだし、ニカッと笑顔を向けた。

 それぞれの役は、場面ごとに入れ替わるため、白雪姫が何人もいたりする。衣装を合わせないといけないので大変だ。狩人は1人だけのため注文は少ない。帽子と弓があれば後はおまかせで、狩人っぽければよいとのこと。


「1人だけなら、やりがいあるじゃん。有斗なら大丈夫だね!」


私がそう言うと、有斗はにっこり笑った。


「さあさ、手は洗った?まだなら洗っておいで。おやつにするよ!」


はーいと、有斗は洗面所に走っていった。丁度その時、


「ただいまー!あっくん何の役やるのー?」


瑞樹が帰ったようだ。


「おかえり!ほらほら、ランドセル片付けて、みーちゃんも手を洗って来なさい」


バタバタと瑞樹が洗面所へ行く音がする。


「あっくーん、そんなに泡出したらダメじゃない!私がもらってあげる」


「いいの!アワアワするの!」


「ダメダメー!」


 全く、また洗面台周りがベチャベチャになっちゃう。


「こーら!ケンカしないの!」


やれやれと、声をかけた。


 二人は黙々とプリンを食べている。食べている時と寝ているときは静かなんだけど。

 しかし、狩人か。狩人っぽい格好ってなに?弓ってどうする?狩人だから、緑とか茶色よね。確か茶色のパンツがあったし、茶色ベースでいくか。さて、帽子はどうするか?


「で、あっくん何の役?」


先に食べ終わった瑞樹が有斗に聞いた。


「僕、白雪姫の狩人」


プリンから目を離さず言った。


「白雪姫に狩人出てきたっけ?」


瑞樹も私と同じことを言った。


「もうっ!お姉ちゃんまでっ!出てくるもん!白雪姫逃がすんだもん!」


あらら、拗ねてしまった。


「ああ、そっかそっか。思い出したよ。ごめんね。あっくんなら、カッコイイ狩人になるよ!」


瑞樹が有斗の頭を撫でて言った。瑞樹は素直に謝れて、人の気持ちに寄り添える、素敵な子に育っている。有斗は少し大人しいが、優しく感性豊かな子だ。とは言え、元気でしょっちゅうケンカして、家の中を走り回っている。


(…狩人の衣装でしばらく悩むなぁ)


先が思いやられる。


「ねぇ、二人とも。今日何が食べたい?」


「僕カレー!」

「私は手巻き寿司!」


全く逆方向きたなぁ。


「エビフライとか、どう?」


困ったときは、二人が喜びそうな物をだそう。


「僕、お母さんのエビフライ大好き!」


「私、お母さんのタルタルソースは世界一だと思うの」


…二人とも誉め上手ね。お母さん張り切っちゃう。


「みーちゃんは宿題してね。あっくんは静かにね」


そう言いながら、頭では狩人狩人と回っていた。





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魔導師は現代で生きづらい @kiychan

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