第一章 何事も準備は怠りなく

旅の支度

 近くのマスタリク山には、魔力を封じた魔晶石がよく採れる。マスタリク山ほど質が良く、大量の魔晶石が採れる山は、他にない。この山の近くにフィオナ村があって、カレル国が魔晶石の一大産出国であり、魔術師の国なのは、必然なのかもしれない。

 魔晶石をブレスレットやネックレス等のアクセサリーにして身につける。魔力を消耗したときに、魔晶石から魔力を取り込む為だ。

 魔晶石は、高レベルの魔物の心臓からも採れる。と言うのも、魔物が魔力を帯びるのは、体内の魔晶石から魔力が出ているからだ。レベルの低い魔物は倒す間に魔力を使い果たし、絶命するときには粉々になっている。良い魔晶石を落とすほどの魔物は、めったにいないし、出会っても普通の人間は見た瞬間、命はないだろう。それ故、魔晶石を採るには魔物を倒すより、山から採る方が現実的なのだ。

 魔物の魔晶石は、山から採れる魔晶石より魔力が濃密で純度が高い。その大きさや、色などで、どれほどの魔物だったか想像がつくので、勲章のようになっているのだ。そのため、伝説的な魔導師達は、みんな魔物から奪った魔晶石を身につけている。

 私もこの前倒したサイクロプスの魔晶石を指輪にして着けている。しかし正直、上級魔導師でこの程度の魔晶石は恥ずかしい。お師様は帽子の飾りに、手のひら程の大きさの魔晶石を着けている。それでも、お師様の魔晶の中では小さい方で、


「あんなもの重くて身に着けていられるかい」


そう言うのだ。そもそも、お師様は魔力の絶対量が人並み外れており、魔晶石を使っている所をみたことがない。物凄い大きさの魔晶石が、家の裏にある小屋にゴロゴロ転がっている。泥棒でも入りそうなものだが、魔力が強すぎて、雑魚の魔物は消し飛ぶし、普通の人間は、こんな魔晶石を持てる魔導師が居るとわかった途端、逃げ出すのだ。


 お師様は、小屋から好きなだけ魔晶石を持って行けと言ってくれたが、他人の杖を借りて魔術を使うようで居心地が悪い。それに、私の手柄では無いのに誤解されるのも、大魔導師の弟子だから優遇されていると思われるのも嫌だった。お師様には、


「旅に出る前に、体を慣らしておきたいので」


と、マスタリク山に出かける許しをもらった。


「お前なら、一人で山へ行っても大丈夫だろ。さっさと行って、晩飯の支度をしな」


しっしっと追い立てられて、家を出た。


 質の良い魔晶石が採れると言うことは、それだけ魔物も集まって来る。魔物も魔力の補充が必要のようだ。

 良い魔晶石が採れる穴場を以前見つけて、近くの岩に転送の魔法陣を刻んでおいた。その時は一人で無かった。お師様の代わりで魔術師学校の卒業試験に、監督の一人として参加した。他の監督は下級魔導師だったので、私が一番レベルが高かった。普段はもっと山奥にしか居るはずのない、サイクロプスがいきなり現れた。生徒たちはパニックになった。世間知らずの私は、それが卒業試験だと勘違いして、しばらく傍観していた。他の監督までパニックを起こして、やっとイレギュラーだと気が付き、私が倒した。大きな魔物は初めてだったが、お師様が出すリビングアーマーの方が、よっぽど強かった。サイクロプスから魔晶石を抜き出したとき、ふと横を見たら、魔晶石の小さな洞窟を見つけた。サイクロプスもこれが目当てで出て来たのだろう。


 自室から、転送の魔術を使い、目当ての洞窟まで飛んだ。洞窟の周りは魔物の気配もなく、風に揺れる木々の音しか聞こえなかった。


「さてさて、どれくらい要るかなあ」


洞窟の前に立ち、呟いた。


「ドラゴンだもんねぇ。そこに行くまでどれくらいかかるかわかんないし、いっぱいいるかなぁ。最悪、指輪の魔晶石使うけど、最後の手段にしたいしなー」


ぶつぶつ言いながら、洞窟に入った。魔術で灯りを灯すと、魔晶石が反射してキラキラ輝いていた。検知の魔術を応用すると、魔晶石の魔力の質や量がわかる。洞窟全体に浸透するイメージで魔術をかける。色は濃く、紫色が良い。より輝いているものを選ぶ。ノミでコンとつつけば、ポロリと採れる。ただし、魔力の無いものには採れないらしい。めぼしい魔晶石を、袋いっぱいに採った。


「いくつかはアクセサリーにして、細かいのはそのまま持ってくか」


袋を覗きながら考えた。土台になるチェーンや指輪などは、家にたくさんある。お師様の魔晶石を砕き、アクセサリーに加工して売っているのだ。お守りとして需要が高く、遠方から買いに来る人もいる。そのままで売らない理由は、大きいままでは、値が張るだけでなく、魔力の少ない人は、魔力に当てられて、逆に調子が悪くなってしまうからだ。大きな魔晶石を砕くにも、相応の魔力が必要で、お師様の魔晶石は上級魔導師しか砕けない。

 洞窟から出ようとしたとき、視界が暗くなった。顔を上げると、身の丈8mはある、オーガがこちらを見下ろしていた。

 私はすぐさま戦闘体勢に入った。オーガは私が足元に置いた、魔晶石の袋に手を伸ばす。詠唱が終わり、右手に光の球が現れる。その球を屈んだオーガ

の頭にぶち込んだ。オーガは痛みに起き上がり、顔を抑えてもがいている。間髪入れず、オーガのお腹に氷の槍を突き刺した。オーガは仰け反り、仰向けに倒れた。


「ラッキー!もう一つ指輪作ろうっと♪」


オーガの胸に手をかざし、呪文を唱えると、胸が輝き出した。魔晶石が胸を突き破って浮かび上がる。パシッと魔晶石を掴んだ。


「こないだのサイクロプスより小さいけど、質はこっちが良さそうね」


魔晶石を値踏みして、袋に入れた。


体から魔晶石の無くなったオーガは、形だけを残して灰になった。


「さてと、帰るか」


大量の魔晶石を抱えて、自室に飛んだ。


上級魔導師の旅の準備は簡単だ。着替えは1枚もあればよい。浄化の魔術で一瞬でキレイになるし、濡れても魔術ですぐ乾く。破れても補修の魔術もある。水は魔術で清潔なものがいくらでも出せるし、小さな魔法陣に手を入れれば、家のスパイス棚に繋がっている。煮るのも焼くのも鍋要らず。まぁ、ここまで何でもできるのは、上級魔導師にならないと難しいけど。そう言う冒険に便利な魔術を込めた道具が売っているので、魔術の扱えない冒険者はそれを使っているようだ。


魔晶石のアクセサリーを作り終え、旅の準備を整えた。


「とうとう、明日か…」


頬杖をついて、自室の窓から月を見つめた。


(私…やっていけるのかな…)


はぁっと深く溜め息をついた。


「アリッサ~!ご飯まだぁ?」


お師様の声が聞こえた。 


(明日から私居ないけど、お師様大丈夫なんだろうか?)


もう一度はぁっとため息をついて、


「すぐ支度しまーす!」


そう言いながら台所に向かった。


 

 



 


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