~本郷ありさ~

 朝、目覚ましのスヌーズ3回目くらいで、やっと起き上がる。あんなに目覚ましが鳴っているのに、横で寝ている7歳の娘も、5歳の息子も、さらには4つ年上の夫も目覚める気配はない。真ん中に並んで寝ていたはずの子供達は、二人とも壁際で父親のお腹を枕に寝ている。


(いつの間に乗り越えたのかしら)


毎日のことながら、3人の寝相には笑える。


(さて、やりますか)


家族全員で寝ている、キングサイズのベッドから抜け出すと、キッチンに向かった。BGM代わりにリビングのテレビを付けて、朝食とお弁当作りに取りかかる。

 私は本郷ありさ。36歳2児母だ。27歳で結婚と同時に仕事を辞め、専業主婦になった。バリバリのキャリアウーマンだったので、結婚して仕事を辞めると聞いたとき、上司や同僚だけでなく、友達や家族までとても驚いていた。正直、自分が一番驚いた。建築士として、家だけでなく大きな施設などの総合プロデュースも任され始めていた。まさにこれからと言うときに、結婚して辞めた。自分でも上り調子なのがよくわかっていた。結婚しても仕事は続けられただろう。でも、なぜか仕事続けると言う選択肢は頭になかった。夫は当然私が仕事を続けるだろうと思っていたようだ。

 夫とは仕事を通じて知り合い、4年間付き合っていた。恋人の時は、デートより仕事優先だったし、旅行のドタキャンもしょっちゅうだった。よく付き合っていたなぁと思う。ましてや、プロポーズなんて発想はどこからきたのか。我が夫ながら、謎だ。プロポーズを受け、その場でOKの返事をした。


「明日、仕事辞めるって上司に伝えるわ」


笑顔でそう言う私を、夫はキョトンとした顔で見ていたのが、今でも忘れられない。


「えっ仕事辞めるの?」


「うん。えっダメ?」


「そんな事ないけど。辞めるんだ~」


本当に、間の抜けた会話だった。

 夫は共働きでも専業主婦でもこだわりはないようだった。夫の収入で十分やっていけるので、私の好きにしたらいいと言ってくれた。

 だが、最近時々考える。あのまま仕事を続けていたら、どうなっていただろうと。娘も息子も、本当に可愛い。仕事をしていたら、今のように構ってやれないだろう。家族旅行もままならず、子供達が大好きなテーマパークにも、めったに行けない。ネズミのカチューシャをつけた娘の写真、マントに杖を持っている得意げな息子の写真。それを見て、辞めて良かったんだ、と言い聞かせている。


(でも…)


「おかーさーん。もう起きる?」


娘の声にはっと我に返った。珍しく起こす前に起きてきた。


「みーちゃん、ひとりで起きたの?さすが小学生ね!」


笑顔で誉めた。


「当たり前でしょー?ひとりで起きられるもん」


得意げな顔で言う。


「あっくんとお父さん起こして来るね!」


娘の瑞樹みずきが寝室に戻ろうとするのを、まってまってと、止めた。


「まだ、早いから、もう少し寝かしてあげて。みーちゃんには特別にココア作ってあげる」


やったーと、瑞樹は飛び上がり、ダイニングのイスに座った。朝は甘い飲み物は出さないようにしているので、特別が嬉しいようだ。

 瑞樹にココアを出し、お弁当作りに戻った。


(この幸せは、仕事をしてたら掴めなかったんだ)


私は、再び心に言い聞かせた。


 夫と瑞樹を送り出し、息子の有斗ありとを幼稚園バスに乗せた。幼稚園バスの停留所から家に帰る道すがら、新築の家に目がいく。(こんな建材昔はなかった)とか、(こんな建て方あるんだ)と思ってしまう。さらには、(私がデザインするなら…)なんて 。家までのほんの数分の無意識に、気持ちがざわつく。家に帰り、一通りの家事をこなす。ホッと一息ついたのは、12時少し前だった。


(さてさて、私の時間がやってきた)


夫は知らないが、実はスマホゲームにハマっている。大学で建築を学んでいるとき、息抜きにパソコンでオンラインのRPGゲームをやっていた。昔からファンタジー小説が好きで、現実とは違う、ファンタジーの世界を夢見ていた。いいデザインを思いついたのは、いつもゲームをしている時だった。家にはオンラインゲームをするほど高いスペックのパソコンはないので、結婚してしばらくはゲームから遠ざかっていた。子供も大きくなり、携帯をスマートフォンにしてから、またオンラインゲームをするようになった。家事の合間の短い時間だけの楽しみだ。ゲームをしているときは、変なことを考えずにすむ。


(私も魔法使いになりたいわ)


そんな事を思いながら、ゴブリンを叩き潰していた。

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