ROUND 1:SNK meets girl ④
「と、とうとう、ここまで来たね柏芽さん!」
「そのセリフはまだ早いよ、江陶君」
『どのような強敵が潜んでいるかわからぬ。心して参ろう』
ニンジャコマンドーのジョー・タイガー と レイア・ドラゴンのワンシーンのような会話を交わす僕と柏芽さん。どこからともなく、リュー・イーグルの声も聞こえたような気がした。
ここは中国……ではなく、二日前に僕が初めて訪れたあのゲームセンター、レバガチャこと『LEVER GACHA』の入口だ。僕たちは再びこの場所にやってきた。
僕らの……いや、柏芽さんの目的は二つ。ニンジャコマンドーのノーコンティニュークリアと新塩さんへの告白だ。
だ、大丈夫。僕には……いや、柏芽さんにはあの技があるんだ。きっと上手くいくさ。この二日間、あんなに頑張ったんだから。
■
『あーたたたたたたたあたー』
昨日に引き続き、放課後に僕の部屋でニンジャコマンドーの特訓に励む柏芽さん。そして僕はそれを少し後ろから見守る。
「う~ん。なかなか上手く出せないな~」
「練習あるのみだね」
柏芽さんは、リュー・イーグルを操りながらふくれっ面で漏らす。
「それよりも、本当にその怪我大丈夫? ごめんね、よくわからないけど、私のせいでお母さんに怒られちゃって」
柏芽さんは、母ちゃんからのセンベイ手裏剣ならぬセンベイミサイルを受けて出来た僕の顔の絆創膏を見ながら心配する。
「い、いや、大したことないよ……いてて」
「ほら、やっぱり無理してる」
そうじゃないんだよ柏芽さん。確かに痛いけど、それはオデコじゃなくて全身なんだ。でもそれは言えない理由があった。
昨日の柏芽さんからの告白(勘違い)に始まり、家に遊びに来るまでの激動の一日による緊張と興奮から生じた筋肉痛、頭痛、発熱による憔悴だった。
普段の僕であれば学校を休むほどのダメージだが、今回ばかりは柏芽さんへのゲーム特訓(一緒にゲームを遊びたい)ためにと【餓狼伝説2】や【餓狼伝説スペシャル】における、超必殺技の発動条件と考えることにした。
江陶 貫敬、超必殺技:登校
何とも情けない技だ……。体育の授業がなかったのが不幸中の幸いか。
それはさておき、柏芽さんのニンジャコマンドーの腕前はと言うと。かなり順調に上達していた。
元々、難易度は手軽で柏芽さんの少なからずのゲーム経験、それにセンスも加わってこの一日あまりの特訓で、ジョー・タイガーを使用した竜巻神拳の連発で、3コンティニュー以内でクリアできるようになっていた。
しかし、あの店での難易度が分からないこと、柏芽さんの集中力の限度、そして攻撃と敵弾の避けを同時にすることが苦手気味な彼女の腕前ではまだまだ万全ではなかった。
正直、コンティニューくらいしてもいいんじゃないか?とも思ったのだけど、柏芽さんの頑張る姿を見ていると、僕も何とかして彼女にノーコンティニュークリアを果たして、自信をつけてほしかった。
そこで僕は最終奥義ともいうべき、技を彼女に伝授することにした。
それは、リュー・イーグルの爆烈究極拳である。
爆烈覇王拳の3倍の威力にして広範囲。ボスキャラすら2~3発で倒すという、ただでさえお手軽なゲームバランスが塵と化すほどの技だった。
ただし、コマンド入力は『⬆↙↘↖↗⬇+A』と、柏芽さんにとっては少々複雑だった。何とか柏芽さんに覚えてほしいのだが……。
「これじゃ、新塩さんに良いところみせられないかもね。今日と明日の占いはバッチリだったんだけど、やっぱり占いなんかアテにならないかな」
柏芽さんは笑いながらも、残念そうだった。占いか。僕も良い運勢や結果であれば信じたいけど……ん、待てよ?
「そうだ!占いだよ、柏芽さん!」
僕は思い出した。柏芽さんが初日に話してくれたことを。
「六芒星の占いだよ。コマンド入力を上から始めて、左下、右下、左上、右上、最後に下とAって感じに、六芒星を描くつもりでやってみて」
僕は今までの緊張を忘れるように自然に話しかけていた。
「うん、わかった。やってみるね、江陶君」
………『爆烈究極拳!』
テレビから流れるリュー・イーグルの野太い声と画面半分近くを覆うように飛ぶ長い炎。
『出た!』
僕と柏芽さんは同時に喜びの声を上げた。
「柏芽さん。今の感覚を忘れないうちにもっと入力して!」
「うん!」
僕の体の痛みは柏芽さんが放った大技とともに、あっという間に吹き飛んだ。
『爆烈究極拳!』『爆烈究極拳!』『爆烈究極拳!』『爆烈究極拳!』『爆烈究極拳!』『爆烈究極拳!』『爆烈究極拳!』『爆烈究極拳!』『爆烈究極拳!』『爆烈究極拳!』『爆烈究極拳!』『爆烈究極拳!』『爆烈究極拳!』
それから陽が落ちるまで、僕の部屋には『爆烈究極拳!』の声が鳴り響いた。それは柏芽さんのノーコンティニューどころか、ノーミスクリアという快挙までを達成した事への祝砲のように思えた。
■
「それじゃあ、気を付けてね」
「うん。江陶君、本当にありがとう」
僕は家の入口で柏芽さんを見送る。背後では店の奥からは、何やら母ちゃんと父ちゃんが隠れてコソコソと僕を覗いているようだが今はスルーだ。
この二日間、短い間だったけど寂しくなる。だけど女子とこうやってゲームを遊べて、女子のために頑張れたのは良い思い出になる……のかな。
「じゃあ、明日は頑張ってね。遠くからだけど応援してるよ」
僕はなるべく平静を装って柏芽さんにエールを送った。
「そんなこと言わないで、一緒に来てくれないかな?」
「い、一緒に? 僕が付いて行っても迷惑にならない?」
それは意外な誘いだった。てっきり僕らの付き合いはこれで終わりだと思っていたから。
「だって、せっかく江陶君がここまで私のために頑張ってくれたんだもん。それに二人だけの秘密だし、江陶君には最後まで……見届けてほしいな」
柏芽さんはそう照れながら言う。僕は込み上げる嬉しさを堪えていた。
「わ、わかった。当たって砕けろだ!」
「ひっどーい!それじゃフラれること前提じゃない!」
「あ、間違えた!ワザとじゃないんだ!ごめんよ柏芽さん!」
■
……そんな事を思い返しながら、僕は柏芽さんの少し後ろを離れて店の中へと進んでいく。その先には柏芽さんの想い人である、新塩さんがいた。
「あ、柏芽さん。いらっしゃいませ」
新塩は柏芽に気付くなり笑顔で挨拶をする。柏芽は顔を赤らめながら緊張する様子を見せた。頑張れ柏芽さん!
「あ、あの、今日限定稼働のゲームで遊びたいんですけど、ニ、ニ、ニ……えーっと、なんだっけ……アレありますか?」
緊張のあまりタイトルを忘れてしまった柏芽さんは、メッセージボードに貼られた、ニンジャコマンドーの告知文を指差す。
「柏芽さん、あれを遊ぶの? わかりました。案内します。ちょうど空いてるようですし」
新塩は、丁寧かつ嬉しそうに柏芽を筐体の前まで案内した。
そこは、二列に並ぶ筐体の間に出来た通路のような所だった。あまり近付けない僕は、少し離れた先で横から二人の様子を見守ることにした。
本当は先ほどから何かのゲームで遊びたくてウズウズしているのだが、今は我慢しよう。
「あ、新塩さん。お仕事中でご迷惑かもしれませんけど、今から私のプレイを見てほしいんです。その後でお話があるんです」
柏芽さんの一世一代の告白の予告に僕は固唾を飲んで見守る。何だかこっちまで緊張してきた。新塩さんは……ただ微笑んでいた。何かを見据えるように、そして見守るように。
百円玉を取り出した柏芽さんはそれを投入する。遂に運命の一戦が始まった。僕は遠くから横向きの二人を眺めていたのだが……なんだか様子がおかしい。
柏芽さんの手が動いていない……?
爆烈究極拳を出すようなスピーディーなコマンド入力ではないのは明らかだった。
もしかして緊張のあまり、実力を出しきれないでいるのだろうか。やはり家とゲーセン、練習と本番では同じゲーム環境でも別物になっているのかもしれない。
薄暗い店内ながら柏芽さんの顔を蒼白というか、何だか燃え尽きているのが分かる。これはただ事ではない。もしかして難易度がかなり高く設定されているのか?
ニンジャコマンドーのMVS版は最高で8段階、制限時間もかなり細かく、秒単位で設定できるらしいから、もしかして最悪の条件を当てられたのではないか。
居ても立ってもいられなくなった僕は二人の近くまでそっと寄る。場合によっては何か力になれるかもしれない。
今、柏芽さんはどの辺りまで進んでいるのだろう。
そう思いながら覗き込んだ僕の目に映ったのは、五重塔と大文字焼きの背景。どうやら京都のステージ……え?
えーっと……ニンジャコマンドーは確か、江戸時代で織田信長は出るけど、大文字の背景や演出なんてあったか?
僕はもう一度画面を覗き込む。そこには二人で頑張って練習したニンジャコマンドーが……って!!!!!!!
画面を見た僕は、あの告知とSNK知識の引きだしを片端から探る。
コマ…コマ…コマコマ……コマ………コマン……あ!!!
確かに画面には忍者たちが映っているし、縦画面のシューティングだけど、これって!!!!!!
サ……サ……【サスケvsコマンダー】だとぉおおお!?!!?
サスケvsコマンダ(SNK) 1980年
正確にはSNKではなく、新日本企画から発売された固定画面シューティング。当時としては珍しく戦国時代を設定とした世界観や演出にも注力されていた。まさしく、SNKの名作忍者シューティング……!
あの告知に嘘偽りは一切なかった。それどころかニンジャコマンドーのネタまで上手く掛け合わせていたのだ。と言うか、実物を見たのは初めてだった。僕が生まれる前のSNKの歴史的作品がこうして動くところが見られるなんて感動だ……って違うだろ!
あの新塩とかいう店員、間違いなくできる!それを予見できなかった僕の方こそSNKファン失格だ。
それどころじゃない。柏芽さんを何とかしなくちゃと思い画面を見るも、時すでに遅し。画面中央を走るサスケが石に躓いて転んだのちに『THE END』の文字が表示される。つまりはゲームオーバーだった。
「あ、新塩さん。お忙しいところお疲れ様でした。どうかお仕事に戻ってください」
茫然自失の柏芽さんを後回しにして、僕は新塩さんの背中を軽く押す。何が何だか分からない様子の彼は「え、あ、うん。どうぞごゆっくり」とその場を離れていった。
さて、柏芽さんはと言うと。2000点にも満たなかったスコアとタイトル画面が映る画面を背景に、ドラマで見たことあるような、酔い潰れたOLのようにコントロールパネルにうなだれていた。
「か、柏芽さん。えっとあのね。ニンジャコマンドーじゃなくて……その、サスケvsコマンダーだったみたい。ははは……まいったね」
笑ってごまかす事しかできなかった。
「え……君の…カ」
「ん? 柏芽さん何か言った?」
珍しく僕のようにふさぎ込んでボソボソと呟く柏芽さんを覗き込もうと思ったのだが。
「江陶君のバカぁあああああ!」
「ひぃっ!」
柏芽さんの大爆発ともいうべき怒りが店内に響き、それが僕に向けられる。その迫力と威力はまさに爆烈究極拳のよう……って上手いこと言っている場合じゃない。
「ご、ごめんなさいぃいいい!!!!」
脱兎の如く、その場を離れた僕を柏芽さんは泣きながら追いかけて来る。
柏芽さんの迫力から必死に逃げる僕だったが、足がもつれて転ぶ姿はまるでサスケvsコマンダーのゲームオーバー画面のようだった。と、新塩さんから聞かされるのだが、それはまた後のお話。
僕と彼女と彼。三人の出会いと関係が織り成す様々な出来事は、この『LEVERGACHA』ことレバガチャから始まった。
とりあえずは今日の反省と経験はしっかり活かそうと心から誓う僕に向けて、テリー・ボガードが『結構やるじゃないか! これに懲りずに頑張りな!!』と言ってくれたような気がした。
ちなみに、ニンジャコマンドーはレバガチャで普通に稼動中だった。
おのーれ!おのーれ!
レバガチャ・アーカイブ 鯨武 長之介 @chou_nosuke
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