ROUND 1:SNK meets girl ③

 【龍虎の拳】のCMで、初めて100メガショックというフレーズを見た小学生の頃。そんなに容量があったらタイムマシンだって作れるんじゃないかって僕は本気で思った。


 本当はあの100メガはビットであり、実際は12メガ程度だと後で知ったけど、そんな事は関係ない。新作が出るたびに増しゆくキャラクターや必殺技が魅せる迫力は本物の100メガ……いや、それ以上の進化と感動を僕らゲーマーに体験させてくれた。


 そんな日々の中で僕はいつも思い浮かべていた。ネオジオのスペックであるマックス330メガ。『その先にはどんな世界があるのだろう』って。


 だけどその日は唐突に訪れた。僕の部屋に女子が遊びに来るという、1000メガショックな出来事で。要するに僕のあらゆる処理能力は限界を超えていた。


 ゲームを遊ぶことなく、レバガチャから我が家へとやって来た柏芽さん。

 僕と彼女を見るなり、両親をはじめ家族同様に何年も一緒に過ごしてきた社員たちは一斉に作業の手を止めた。


 家の商売である『江陶新聞販売店』は丁度、夕刊を配り終えた時間帯で人が集まっていたのはタイミングが悪かった。


 みんなが『やっちゃんが彼女を連れてきた!』と僕をからかう。やっちゃんというのは、僕の下の名である貫敬からとった呼び名だ。


 僕を日頃からネオジオ馬鹿息子とからかう母ちゃんは 「いよ!日本一!」と、似ていない不知火 舞のモノマネを披露する。


 僕は母ちゃんの恥ずかしい行動に 「今から地獄の10カウントを聞かせてやる!覚悟しな!」と、アクセル・ホークのようにバトルを挑みたい気持ちを抑えて、部屋へと上がった。


    ■


「ここが江陶君の部屋なんだ。男の子の城って感じだね」


 僕の部屋を見渡す柏芽さん。僕は緊張のあまり、その辺に重ねていたネオジオCDソフトやSNK新世界楽曲雑技団のCDを崩す。昨日、たまたま母ちゃんにうるさく言われて部屋を片付けていたから小綺麗だったが、そうじゃなかったら、色々とまずかったかもしれない。


「色んなゲーム持ってるんだね。これ全部ネオジオ? 私、ファミコンとスーファミしか持ってないから凄く新鮮だよ」

「か、柏芽さんもゲームとかするんだ。へー」


 目を輝かせながら寄って来る柏芽さんに、僕の頭の中のメガ数がますます上昇する。ありきたりの返事をするだけでも、ローレンスの『ブラッディフラッシュ』並の難易度のコマンド入力(↘⬅↙⬇↘➡↙➡+BD)が求められる。


「あ。これ知ってる。龍虎の拳だよね。ビデオとかもあるんだ」

「そ、それはネオジオのカートリッジだよ。ネオジオのソフトはCD版とカートリッジ版があってね」 


「かーとりっじ? CD版? ネオジオってたくさんあるんだね」 

「えーっと。ネオジオシステムは元々は、家庭用ネオジオとアーケード用のMVS (Multi Video System)が、そっくりそのまま楽しめるデータ互換を実現したもので、しかもカートリッジ版は基盤と同じで非圧縮だからデータ読み込みに解凍や展開が必要ないんだ。逆にCD版はコストが削減されて低価格を実現した……」


 柏芽さんは僕の説明を白目で聞いていた。どうやら難しくてマニアックすぎたらしい。


「よ、ようするにゲームセンターにある、ネオジオという名前のゲーム機が、カセットとCDでどちらでも楽しめるという事だよ」

「なるほど。凄いゲームを連れて帰ったモノなんだね」

 

 うん。それネオジオ初期のキャッチコピー。


「と、とりあえず、ニンジャコマンドーの用意するね」


 あれほど憧れていた女子とのお喋りなのに、これ以上は間が持ちそうにない。普段はむさ苦しい男どもが4人詰めかけても気にならない十畳の部屋は、柏目さんが居るだけで真空状態のようだった。


 ニンジャコマンドーじゃないけど、僕の部屋に女の子が居ること自体、ねじ曲げられた歴史なんじゃないだろうか。そんなことを思いながら震える手でネオジオCDの本体とソフトを準備する。


    ■


『ニンジャ……マンドゥオーーー』


 この声は本場の外国人なのか、それとも日本人によるものなのか。

英語成績が2の僕にはイマイチ分からない脱力気味の発音のタイトルコールが、今日は何だか僕の気持ちを落ち着かせてくれる頼もしいエールに聞こえる。


ニンジャコマンドー (ADK) 1992年4月20日稼働


タイムマシンで過去を支配しようとする死の商人『スパイダー』の野望を阻止するべく三人の忍者が立ち向かうアクションシューティング。コマンド入力技と迷言だらけの独特のスメルが漂う世界観が特徴。


 柏芽さんは、正座でヒザの上にアーケードスティックをちょこんと乗せて、テレビに映る猿のお手玉ロード画面を真剣に眺めている。読み込みをじーっと待つ後ろ姿が何とも可愛い。


 とりあえずコミュニケーション(?)から解放された僕は、勉強机を背中に椅子に座ってその様子を見る。


 去年、ネオジオCDでほぼ同時発売された【クロスソード】と、どっちを買うか迷ったけど、こっちを買って良かった……!


 多分、女の子だからという理由で、紅一点のレイア・ドラゴンを選んだ柏芽さんは、操作説明画面を見ながら手元のボタンを確認していた。


 その初プレイ特有の光景と女子がド派手な忍者ゲームを遊ぶ様子に、僕はニヤニヤしていたのだが……。


■■■■■■■■■■■■■■■■■

きんきゅう時はCボタンで忍法をつ

かうのだ! ただし、のこり体りょ

くにはじゅうぶん気をつけるのだ!

■■■■■■■■■■■■■■■■■


 数分後、2面のエジプトの中ボス(三人組のミイラ)であえなくゲームオーバーになった柏芽さんは、博士のワンポイントアドバイスを頷きながらメモしていた。まあ、クレジットでコンティニューは簡単にできるし大した情報じゃないんだけど、まずは好きなようにさせておこう。


 柏芽さんの腕前は思ったよりかは普通なのだが、何というか敵の攻撃を避けながらの連打が出来ていないという感じだ。初々しい様子は見ていて和むのだが、ゲーマーとしてはまだまだ……かな。


 一心不乱にレバーをガチャガチャさせながら頑張る姿は、レイアの字幕スーパーと同じ 「えいえいえいえいえいやあ!」である。


「どうかな江陶君。私、このゲームクリアできそうかな?」

「す、筋はいいと思うよ!ノーコンティニューでクリアも時間の問題だよ!」 


 僕は柏芽さんに前向きなアドバイスを送るが、根拠がないわけではない。

 ニンジャコマンドーは、ネオジオ作品の中でもかなり難易度は低い。僕もたまに気分転換でプレイする。慣れれば30分程度でノーミスクリアできるのが、このゲームの魅力でもあるだろう。これがもしも【ニンジャコンバット】だったら厳しかったけど。


 もちろん難易度にもよるが、普通の店であればMVSレベルの上で無茶苦茶な設定にはしないだろう。柏芽さんはアクションとシューティングの基本的なルールと操作は知ってそうだし、何とかなりそうな気はする。


「と、とりあえず、キャラは変えた方が良いかもしれない」  

「はい、先生!」


 素直な眼差しで僕の指示を待つ柏芽さんが眩しくて直視できない。

 

 柏芽さんと交代した僕は、あぐらスタイルでスティックを構える。そして、一応は主人公的なポジションで初心者にも使いやすいジョー・タイガーを選択する。レイアはどちらかと言うと上級者向きキャラだと思っている。


 甲賀忍者の血を引いたアメリカ人という笑える設定を語りたい気持ちを抑えて、僕は彼の特徴である広範囲の手裏剣攻撃に加えて、ステージでは先を行き過ぎず、待機する敵が少し見えたらそこで技を出して攻撃するテクニックを披露する。


「凄いよ江陶君。敵がバタバタ倒れていくね。まるで魔法みたいだよ」

「ま、魔法じゃなくて忍法なんだけどね」

「違うよ。江陶君の腕前がだよ(笑)」

「あ、ありがとうございます」


 これじゃどっちが教える立場やら。気分とノリが良くなってきた僕は、簡単なコマンド入力で出せる、ジョーの雷神の術(⬇溜め⬆+A)と竜巻神拳(⬇↘➡+A)を教える。


「ふむふむ。それって、どうやって出すの?」


 そう言いながら、柏芽さんは僕のレバーの手元を覗き込む。

 き、距離が近いです。それに髪の毛の香りが……。何とか画面に集中しようとするが、どうしても彼女の髪の毛に目が行ってしまうその時だった。


「やっちゃーん。それに香織ちゃんだったかな? お洒落なお菓子じゃなくて、おせんべえで悪いけどよかったら……」


 僕の部屋の扉が開き、母ちゃんが乱入……もとい、部屋に入ってきたが、それに構わず緊張しながら柏芽さんにレクチャーを続ける。


「い、いいかな、よ、よく見ててね」

「って、何を女の子に見せとんじゃいこのエロ息子ぉおおおおおお!」


 どうやら母ちゃんから見て、僕がレバーを操作する後ろ姿と柏芽さんがコントローラーを覗き込む様子が何やら、いかがわしく見えたらしい。


「いや、違えよ母ちゃ……」


 そう説明しようと後ろを向いた瞬間、せんべえが盛られた容器が僕の顔面に見事にヒット。その日、三度目の正直と言わんばかりに僕の目の前は真っ暗になった。

 

 薄れゆく意識の中、周囲に散らばったセンベイが目に映る。

 そういえば、ガロスペで山田十平衛が負けた時、スコアの3、4桁 と 5、6桁 のそれぞれ二桁の数字が合計59だったら、隠してたセンベイ手裏剣が散らばる隠し要素があったよな……と、超レアな演出を思い浮かべながら、僕と柏芽さんとの出会いと特訓初日は幕を閉じた。

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