第50話 事は、変化して

♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


私は人の気持ちがよくわかってしまう。


別にいいことじゃない。


目の前にいる人が思っていることが、なんとなくわかるってだけ。私のことをどんな風に思っているのか。好きか嫌いか。その言葉は本当なのか嘘なのか。


全部、全部。


心の声が聞こえるわけじゃないのは、とても良かったと思う。もっと、疲れてしまうから。



だから私は、察しのいい子として、空気のよく読める子として振舞ってきた。




あの時も、そう。


『ごめん、────。愛してる。離れても、ずっと。覚えていて。私はここに居ることができないから去るけれど、あなたを捨てたわけじゃないってことを。いいね?』


愛しているという言葉は本当だった。捨てたわけじゃないという言葉も本当。


全部、本当。


ただ、“ここに居ることができないから去る”。


笑顔で言っていたのに、心は笑顔じゃない。



ここを離れたくない。だって、とても悲しくて、辛い。もっと居たかった。過ごしていたかった。



そんな気持ちが伝わってきて。



でも私は何も出来なかった。何も言えなかった。





恋をした。彼はとても優しくて、強くて。とっても私を大事にしてくれた。彼のことが大好きになった。


『早く孫の顔が見たいな』


『ははは、その内、ですよ』


幸せだった。



幸せは、許されなかった。


わかってしまうから。私へ向けられた想いが。


“幸せそうだ。良かった。……良かった?自分の最愛は消えてしまったのに?幸せで?笑えない。最愛の人は戻らないのに。ああ、笑う顔がそっくりだ。……いけない、重ねてはいけない……!”




私に重ねるのは愛しい人。


向けられる想いには毒。


私を見てくれない。


私は、私は…………。



────ああ、疲れてしまった。



心だけがこの世に囚われて。


長く、彷徨う内に。



酷く、醜く、歪んだ。


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎




◼️◼️





やろうと思えば、あの2人が入ることのできない結界を張ることだってできた。


でも、それをしなかったのは僕だ。


「あんまりこの家壊されたくないんだ。手短にいこうか」


「……ただ。返してほしいの」


「……」


だからレノルアムを寝かせていたこの部屋まで2人の侵入を許してしまったわけで。


「返す?何を?僕はお前から何も借りていない。盗ってもいない。何を返してほしいんだ?」


レノルアムの枕元に立ち、2人からは顔を見えないようにしている。この部屋は結構広く、2人のいる入り口からはこのベッドの中はよく見えないはずだ。


それというのも、勇者がなんだか危険な感じがするから。雰囲気も、見た目も、変わっている。


赤ん坊の時のスヴァルトそのもの。


少しでも刺激を与えれば、爆発してしまいそうな。そんな雰囲気。


「……レノは。レノの体をどうした?どこへ、やった?」


「知ってどうする?彼の体は変に扱えばとても危険だ。だから僕が預かったんじゃないか。覚えてない?」


危険だ。レノルアムが生き返るか死ぬか、確率が大きく別れてしまうほどに。


勇者の仲間にレノルアムを治療できる者は居ない。力はあっても知識と技術がないから。だから僕が預かるしかなかった。


「どうでもいいの。……ワタシは、ワタシのもの……取り戻したいだけ」


それを言うと、彼女アセヒはこちらへゆっくりと歩いてきた。


近づかれると困るな。今は体内の治癒を優先しているから、使える魔法が限られている。難しいものは無理だ。


転移もできない。だからここから逃げることはできない。


「そこね……?ワタシの、お人形。……邪魔なもの、どうして足したの?」


花の呪いのことか。


あれがなければレノルアムは役目を果たす前に消耗して死んでいたと思う。死んでいなくても、精神が壊れて廃人になっていたんじゃないかな。この女の魔紋は、隷属魔法とは違って中身を擦り減らし、侵食して壊す。術者に都合の良いように造り替えられる。初めてだったのか、おかしな部分もあった。だからあんな動くこともままならないような状態になっていた。


この女の魔紋のせいだけじゃないのはわかっているけど、大部分はあの魔紋。


「邪魔?どこが?僕は助けただけ。あのままにして死んだら困るから。殺すつもりだったのか知らないけど、僕にとって彼は死なれたら困る存在だった」


助けるにしてももっと他に方法あるだろ、とそんなことを言われたら終わりなんだけど。


ベッドの周りに小さな結界を張る。レノルアムを守るために。起きてくれれば1番なんだけどな……。


それに気がついたのか、彼女アセヒはピクリと反応した。


「……魔王。今だけ共闘、ね」


「足を引っ張るなよ」


魔王、という呼び名を疑問に思う時間は僅かしかなく、2人はほぼ同時にかかってきた。


まず近くにいたアセヒが僕に向かって手を突き出す。その手には、紫に光る魔紋の書かれた紙が握られていた。


捕縛系の魔法か。なるほど、実力差がわかっているから、ただ足止めすることが目的なんだ。


火を勢いよく飛ばす。彼女が持つ紙に向かって。


その間にスヴァルトが僕の場所まで辿り着き、大剣を振り下ろしてくる。


火が付いたか確認せずに、目の前に結界を張って大剣を防ぎ、ベッドの横へ立て掛けておいた自分の剣を手に取った。


鞘から引き抜き、勇者の追撃をその剣で受ける。


「おもっ……くふっ」


勇者の剣が大剣だからか、それとも僕が傷ついていて治癒が終わっていないからか。衝撃がきつい。また血が込み上げてきた。いつになったら治る?


「血……?」


「いいわ、嬉しい……」


口の端から流れる血を見て、勇者は眉をひそめ、アセヒは都合がいいと思ったのか嬉しそうな声をあげる。


視界に入る彼女の手には、紙はそのまま握られている。対処されたらしい。


近づかれる前に勇者をどうにかしないと。


「どうでもいいか」


勇者が魔法を使う。


時間を掛けたくないのか、大きな魔法だ。……ってこれ、魔王に使っていたあれじゃ……。


ベッドの周囲に張った結界を強化する。勇者のこの魔法が発動すればさっきまでの結界は壊れてしまう。


焦りと、怪我、そしてレノルアムの状態を気にかけ注意が散漫していたのがいけなかったのか。それともこの2人なら簡単に相手できると思っていたのがいけなかったのか。


「ふふ、【束縛の印カラク】」


後ろからそんな声が聞こえた。


体が動かなくなる。


「【放つ光スヴィエート】」


勇者から魔法が放たれる。アセヒが来ていたことに気を取られ、その攻撃をモロに受けてしまった。


「が、あっ……っ!」


体が軽く飛ばされ、後ろにいたアセヒごとベッドの結界にぶつかってしまう。


そのまま床に落ちる。剣が手から離れ、近くに転がった。


「……酷い。わかって、いた、でしょう?」


「ふん。お前こそわかってただろ。……それにしても呆気ないな、こんなもんなのか?」


「時が。ワタシたちに味方……したの。それだけ、よ。今じゃなきゃ……指一本であしらわれるわ」


体は動かない。アセヒの魔紋は強力で、解くのに時間がかかりそうだ。


それにしても、彼女の気配は感じなかった。彼女が近づくまでまだ少し時間があると思っていたから、勇者への対処を先にした。


でもそれは間違いで、彼女は自分が迫っていることを僕に気がつかせず後ろに位置取り、魔紋を発動させた。僕が彼女を侮りすぎていたということ。


どうしよう、やばいな。結界は、害ある攻撃を通さないものであって人の侵入を拒むものじゃない。さっき僕が当たった時はどう考えても害あるものだったから通らなかったけど、普通に歩いて近寄れば誰でも入れてしまう。


攻撃の余波がレノルアムに当たらなければいいや、なんて考えたのが良くなかった。


「ぅ……くっ」


すごいな、ピクリとも動けない。瞬きと呼吸ができる程度だ。


体は動かない。でも、魔法は?


「……さっさと戻るぞ。いつ効果が切れるかわかったもんじゃ……魔法は?魔法は動けなくても」


最後まで言葉を発させない。2人の立つ床を消す。


アセヒは落ちてくれたけど、勇者は直前でその場から退いたから無事。


ああ、彼女もちゃんとは落ちてないや。指が床を掴んで────。


ゴッ、という鈍く重い音を聞いて僕の意識は落ちた。






◼️◼️







「わあ。こんな所で暮らしてたんですね」


「建物も景色も、もっと綺麗だったなのですけどね。思ってたより壊れてないのはやっぱりレノのおかげですかね」


大きな、二階建ての横に広い家。今にも崩れそうな。


辺りには倒れた木が何本か転がってるけど、その上に花が咲いていて、戻った世界の修復力の高さを感じさせる。


フィアさんが嬉しそうな顔をして家に近づいていく。ちょっと危ないと思う。倒れてきたらどうしよう。


でもフィアさんは強化魔法が得意だったな。大丈夫か。


「直せますですかね。いえ、直しますですね。なのですね?」


元に戻ったら、もっといい家なんだと思う。ルーナフェルト様と居たあの家もいい家だったけど、また違う感じの家。


「手伝います。……力仕事くらいしか、できませんけど」


私は物を直すような魔法は使えない。戦うのだって、大した魔法は使えない。


だけど、物運びくらいはできる。自分を強化すれば重いものだって運べる。


「ほんとなのです?ありがとうなのですね。ですね?……よし、じゃあお昼食べたら早速始めるなのですね!頑張れば、全部とは言わなくても今日はここで夜を越せるくらいには直せるはずなのですよ」


「はい。お昼です。姉さん、お昼です」


お昼。ご飯だ。ご飯は大事。食べなきゃ動けない。


振り向きながら、後ろにいるはずのリルア姉さんに声をかける。


「……手の届く範囲にいるのに……うふふ、なんて拷問…………。いえ、これは試練……試練ですわ……。……ハッ。お昼?お昼でしたわね、ぼーっとしてましたわ。確かセラが持たせてくれた保存食がまだ一食分残っていたはず……」


ブツブツと独り言を言っていたのは流しておこう。


姉さんは背負っていた大きな鞄の中を漁って、3つの包みを取り出した。


出発する前にセラさんが持たせてくれた保存食だ。保存食なんて、硬い干し肉とかしか食べたことなかったから最初はそんなに美味しいものじゃないと思ってた。けどそんなことなくて、セラさんの保存食は美味しかった。1ヶ月は持つとか言ってたな。すごい。


街に泊まった時は食べなかったし、野宿の時は魔物を狩って焼いて食べて、出来るだけ食べないようにしてた。自分たちが料理するより美味しいものってわかってるから。


「最後の一食。着いたら連絡するですし、問題ないなのですね?」


行きはセラさんの転移魔法が届く、できるだけ近くの場所に送ってもらった。私たち3人で長旅なんてできそうにないと思われたらしい。


それでも結構かかったけど。


「ご飯です。食べたら早速かかりましょう」






◼️◼️







『あのね、シュティルには言っておこうと思って。君なら変に期待しないで、そういうこともある、って考えてくれると思うから』


『期待、ですか?何に対する期待ですか?』


『僕、かな。きちんとできるかわからない。失敗するかもしれない。もしかしたら、出来ないかもしれない』


『ちょっとわからないんですけど』


『はは、ごめん。…………レノルアムは、生きてるよ。まだ意識は戻らないけど、生きてる。それだけ』




信じてます、ルーナフェルト様。

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荒廃した世界に抗う──勇者が魔王に負け終わった世界で僕達は生きる── 煮込み過ぎた蕎麦 @renn

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