第49話 火は、ゆっくりと勢いを増して

「ミツケタ……」


「……何?気味悪い声を出すな」


ふふ、ふふふ、ふふふふふふ。


見つけたわ。私の、お人形。


行かなきゃ。取り戻さないと。


「おい、どこへ行く?」


「取り戻す……ワタシのものを」


「……レノ?お前の“物”なんかじゃない」


いいえ、なるのよ。そう、なるの。


お人形さんは、ワタシのモノ。動くように、力を注いであげないと。


そしてできることなら、中の余計なものは、出てこないように。消し去るか、封じ込めるかしないと。


行かなきゃ。取り戻すの。



「待ってて……ワタシのお人形」





◼️◼️





「大変な時に……」


迫る気配が……2つ?彼女だけじゃない。


まだこの街には着いていない。


だがすぐに着くはず。真っ直ぐにこちらに向かってきている。


「時間が……ごふっ……!」


僕の傷もレノルアムと同じように、すぐには治らないもの。レノルアムを見ればわかることなのに、思いつかなかった。馬鹿だ。


血が吐き出される。体の奥がじくじくと痛む。


とりあえず、結界を張らないと。少しは時間が稼げるはず。その間に、治療を。


「くそ……なんで起きないんだよ。なあ!?……っ、ぐふっ」


声を荒げたからか、また血が込み上げてきた。


口の周りの血を手の甲で乱暴に拭うと、結界を張る。部屋だけじゃなく、家全体に。ここは、2階建ての通りから少し離れた場所にある家。2階のこの部屋から海がとてもよく見えて気に入って、結構前に買った家。気に入っているからできるだけ壊されたくない。


「場所は、バレてるだろうな。……まあいい。治療を」


レノルアムの治療を続ける。


徐々に塞がっていくことはわかるけど、遅い。とてつもなく、遅い。中からゆっくりと治癒されて、またゆっくりと外が治癒される。


間に合うわけがない。レノルアムだけじゃなく、自分もやらないと彼女アセヒにレノルアムを取られてしまう。


それに、感じるもう一つの気配は勇者だ。厄介すぎる。彼の前で下手な行動は避けたい。勇者が、レノルアムを蝕む元凶の一つになった彼女と行動しているのは驚きだけど……なぜだろう?


僕の呪いが消えたかどうかはわからない。


今さら自分が死ぬことは怖くないが、巻き込んだ責任もある。レノルアムが彼女にいいように使われるのは、避けたい。


「……駄目だ。治らない」


血をこれ以上失って、失血死しないようにはできた。


「…………縫うか?」


もうそれしかないんじゃないだろうか。塞がらないんだから。でも傷口を縫うのは苦手だ。魔法で治せてしまうから経験もほとんどない。1番最近だと何百年か前に、魔法が効かない体質の子供の傷を縫った時か。


とりあえず縫うのは後回し。最後の手段だ。確か包帯がこの部屋のどこかに仕舞ってあったはず。


「あった。後は……服と……シーツも、か」


これくらいあれば足りそうだな。


レノルアムの服を全部脱がす。ああ、上だけ。


一緒に持ってきた布を、魔法で水を出して濡らしてから、傷口の周りの血を優しく拭う。背中の方もか。面倒だな。


傷に触れないように、魔法だけでレノルアムの体を起こし支え、できるだけ綺麗に拭って、また新しい布を傷口に当て、その上から包帯を巻く。


包帯、難しいな。巻き方が少し汚くなった。包帯の巻き方なんてよく知らないからなあ。ま、いいか。動くわけでもないんだから。傷が酷くならなければそれでいい。


「さて、と」


後はレノルアムの服とシーツを取り替えて、自分を治療して待つだけ。


大丈夫、絶対守る。





◼️◼️






「……海?」


勇者は着いてきた。


構わないわ。動かすことができれば、こちらの勝ち。


ああ、向こうが結界を張ったのかしら。道しるべが消えた。……でも、もう場所はわかる。覚えているもの。


少し、スピードを落としましょう。このまま走り続けると、目的地には着けるけれど、その前に魔力も体力も無くなってしまう。大丈夫、向こうは待ち構えているから、逃げはしない。


「もうへばったのか?」


「始めから。全速力だと……本番には疲れ切って、しまうわ?」


隣を走る勇者は息を切らしたそぶりも見せない。普通に話せている。


魔紋はいくつかある。今、走り続けるのに身体強化の魔紋を1つ使っているけど、まだまだ効果は持続するから大丈夫。


「その方が俺には……っ、相手はアイツ……ルーナフェルトなのか?」


あら。確かにそうだわ。でも、少し考えればわかることね?彼は、ワタシのお人形さんを持っていた。手放す様子は無かったもの。


「厄介……ええ、ええ。厄介だわ……。彼は、彼は……ええ、そうね。でも……関係ないもの。彼が何者かなんて……どうでもいい」


ほんと、どうでもいい。


ワタシは魔王様のためになることをするだけ。今のワタシは、魔王様の忠実なる僕。それ以外の何者でもない。


だから、彼とは。


「全力で。いかないと……」












◼️◼️








♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


遠い昔、魔族と人族が恋に落ちました。




2人の間には、2人の子供が生まれ────。



1人は、勇者として。


1人は、魔王として。



子孫を残し、やがて────────。




1人は。


強い想いから呪いをかけられ。


1人は。


強く察してしまうことから、心が──。

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